A 永遠亭での惨事


「ここが永遠亭・・・。」

超時は自分の目の前に堂々と佇む一軒の大きな屋敷を見て呟いた。

入り口には『永遠亭八意診療所』と書かれた木の看板が掛けてある。

(ここも紅魔館と違って人里にあったような木造の建物なのか・・・・・もしかしたら幻想郷で洋風の建物って案外珍しいのかも。)

〔こ・・・うじ。ゴホッゴホッ〕

不意に超時のペンダントから咳き込むパチュリーの声が聞こえた。

「パチュリー様!?お体は大丈夫なのですか・・・?」

〔生憎絶賛不調中よ。・・・・・でも、貴方に言い忘れていたことがあってね。〕

「言い忘れていた事・・・?」

〔偶然にもその永遠亭には貴方が元の世界に帰るための魔法薬の材料『蓬莱の玉の枝』も置いてあるわ。ついでにそれも持って帰ってきちゃいなさい。〕

「蓬莱の玉の枝・・・了解です。わざわざすみません。」

〔別にいいわ。お礼ならこあに言って頂戴。あの子が持ってきた本に書かれていたのだから。・・・・・ゴホッゴホッ!んぁ・・・そろそろ切るわね、それじゃ。〕

それ以降パチュリーの声は聞こえなくなり、フランが興味津々にペンダントを見つめているのに超時は気が付いた。

「あぁ、これは・・・」

超時は言うが早いか手短にそのペンダントの事をフランドールに説明した。するとフランドールは

「いいなぁお姉様とパチュリー・・・。帰ったら私も作ってもらおうっと。それならいつでも超時とお話できそうだもんね♪」

「まぁ、時と場合によってはお話できない時もあるとは思いますが・・・」

そう言う超時に聞く耳を持たないフランドールはすでに永遠亭の戸を開けていた。

「こーんにーちはー!」

(ちょ、なんて自己中心的な子なんだろうか・・・・・)

超時が苦笑を浮かべつつもフランドールの後に続く。

「あ、いらっしゃいませー。」

診療所の受付にいたのは頭にウサギの耳が生えているブレザー姿の女子高生のような少女であった。

(・・・制服?何かのコスプレ、なのかな・・・・・?)

超時が不審そうにその少女を見つめているとウサギ耳の彼女はフランドールを見て驚きの声をあげる。

「っ!?貴方は紅魔館の・・・!今日は一体何の用ですか?」

「見てわからないの?薬を貰いに来たのよ!」

「は、はぁ。危害を加えないのなら構いませんが・・・で、今回はどんな薬を?」

「あのね、実はお姉様が風邪をひいちゃって・・・そのお薬を貰いに来たの。」

「風邪薬、ですね。・・・あぁ、あとそのお供の方は?見るからに人間の方ですが・・・?」

ウサギ耳の少女はその赤い瞳で超時を見つめた。

その瞳はレミリアのもつ紅い瞳とはまた違った印象で、どこか狂気じみたものを感じられた。

そんな彼女に見つめられて少々たじろぎながらも超時は簡単に自己紹介をした。

「ぼ、僕は東雲超時。紅魔館で働いている者です。」

「貴方のような人間が?へぇ・・・吸血鬼の思考はやっぱり良く解りませんねぇ。」

しげしげと超時の姿を見てそう言うと、今度は超時が彼女に問いかける。

「・・・ところで、貴方のその格好は?ここは診療所、ですよね・・・?」

すると彼女は苦笑を浮かべ肩を落として、

「いや、これが私の正装なんですよ。・・・しかしこの格好のおかげで皆から『新参ホイホイ』なんてあだ名を付けられて・・・。」

(新参ホイホイ・・・?よく解らないけど、なんだかいけない事を聞いてしまったかな・・・)

超時は心の中で反省しつつ、話題を変える。

「あ、あの。お嬢様の薬は・・・」

「あぁ、そうですね。では、そろそろ師匠のところにお二人が来た事を伝えに行きますから、お二人はそこの部屋で待っていてください。」

そう言って彼女は『待合室』と書かれた部屋を指差し、受付の奥へ行ってしまった。

(師匠・・・ってことはあの人は八意永琳という方の弟子なのかな)

超時はそんな事を考えながらフランドールを連れて彼女の示した部屋へ移動した。

待合室には幾つもの長い椅子が置かれており、複数の患者が座れるようになっているが超時とフランドールの二人以外に人の姿は誰一人いなかった。

「パチュリーから昔聞いたんだけど、ここに来る人間ってほんのちょっとらしいよ?ここは迷いの竹林だもん。」

フランドールが椅子に腰掛けながら超時に言った。

「・・・でも、僕とフランお嬢様はすんなりここに来れましたが・・・・・?」

「それは、フランの力のせいなの。私の力はなんでも壊しちゃうみたいだから、この竹林の・・・フランもよく解らないんだけど、人間を迷わせるまじゅつ?を壊しちゃっているからこうやってすんなり来れたんだよ。」

「なるほど・・・。」

(どうりでおかしいと思った・・・迷いの竹林って言うのに一度も迷わないで目的の場所へ着くなんて。)

超時がそう納得していると待合室の更に奥にある部屋から二人を呼ぶ声が聞こえた。

「お二人ともー。どうぞー。」

超時とフランドールの二人はその声に従い奥の部屋に入ると、その正面には一人の女性が椅子に座って二人を待っていた。

清潔感のある白衣に身を包んだその女性は優しい笑みを浮かべ、紅魔館のメイド長の十六夜咲夜と同じような煌く銀髪をもち頭には救護の帽子を被っている。

(この綺麗な方が八意さん、なのかな・・・あ、名札にそう書いてあるじゃないか。)

超時が彼女の白衣の胸元についている名札を見てそう思っていると彼女はゆっくりと話しだした。

「話はうどんげから聞いたわ。・・・吸血鬼も風邪をひくのね。」

(うどんげ・・・?あぁ、さっきのウサギの人か)

「・・・で?お姉さまのお薬はどこ?」

フランドールがたずねると彼女はクスリと笑みを浮かべ紙袋を手渡す。

「それならもう調合済みよ。代金はいつでもいいわ。払えるときになったらまた来なさい。今日は診察って訳じゃないからこのまま帰って良いわよ。」

「あ、あの、八意先生。」

薬の入った紙袋を受け取りつつ超時は彼女に問いかける。

「何?」

彼女の紺色の瞳が不思議そうに超時を見つめる。

「あの、ついでと言ってはアレなのですが・・・その、蓬莱の玉の枝、も分けては貰えないでしょうか・・・?ここにあるんですよね・・・?」

「・・・・・!」

それを聞いて彼女の瞳から光がフッと消え、先程までの優しげな表情とはうって変わって殺し屋のような目つきになり、

「そう…貴方も私と姫様を狙ってきたのね。」

「っ!?や、八意先生…?」

超時が彼女の放つ殺気にたじろいで後ずさりすると、彼女は手元に弓矢を出現させ超時に向かって力いっぱい弦を引いた。

そして次の瞬間、彼女はなんのためらいもせずその手を離し矢を超時に放った。

「…っ!!・・・・・あれ?」

超時は腕をクロスして頭を多い防御の体制をとったが矢が飛んでこないことに違和感を覚え恐る恐る前を見ると、

「いくらお医者さんでもフランの玩具に手を出したら、フラン怒るよ…?」

「あら、そいつをかばうと言うのなら、貴方にも容赦しないわよ?」

フランドールが矢を超時にとどくすんでのところで掴んでいた。その表情は超時が初めて会った時と同じ狂気の表情で、思わず超時はゾッと寒気を覚えた。

「あはっ♪なんだか楽しくなってきちゃった♪フランあんたをぐちゃぐちゃに殺しちゃうかもしれないよ?」

「バカなことを。いくら吸血鬼だからといっても私から見ればまだ生まれて495年しか経っていない赤子同然よ。」

先ほどまでの平和な雰囲気とはうって変わって、この診察室内には殺気と狂気が混沌と入り混じっていた。

再び矢を構え今度はフランドールに狙いを定めた永琳と、それをあざ笑うかのように狂気の笑みを浮かべているフランドールの対峙している姿を見て超時は、

(あわわわ…この現状を打開するには一体どうすれば…)

超時はさらに後ずさりして後ろに下がる。

すると背後にあった棚に どん とぶつかり、その棚に置かれていた薬瓶の一つが床に落ち、 ぱりん と割れた。

それを合図としたかのように二人は動き出した。

永琳が矢をフランドールに放つとそれをフランドールは右に避け、すかさず永琳の懐に潜り込み鋭い爪で切り裂こうとした。

が、その爪を永琳はギリギリでそれをかわし、彼女の白衣を切り裂いただけに終わった。

次に永琳は自分の後ろにある机の上に跳び乗って弾幕を出現させる。

「天呪!『アポロ13』!」

永琳がそう叫ぶとフランドールの周囲に赤と青の光の球が現れて襲いかかろうとする。

しかしそれでもフランドールは狂気の笑みを浮かべたまま手をかざし、

「あはは♪こんなものフランの力でほら、キュッとして…バーン!」

かざした手を握るとフランドールの周囲にある無数の弾幕が消滅した。

その余波であろうか、棚に置かれていた無数の薬瓶も次々に破裂していった。

超時はその場で立ちすくんで、二人の攻防をただ見守っているしかなかった。

(僕は、こんなにも非力なのか・・・・・?)

超時が一人途方に暮れていると奥から一人の女性の怒鳴り声が聞こえた。

「永琳っ!!さっきからなんなの!?五月蠅くてろくにネトゲーもできやしな…あ。」

「姫様…!」

奥から出てきたその女性を見て永琳は立ち尽くす。その隙を見逃さなかったフランドールはすかさず彼女に襲い掛かる。

「あは♪隙あり、だよ?…あ、あれ?」

と思われたが、急にフランドールの動きが鈍りそのままあっけなくこてんと床に倒れてしまった。

「ふぅ、最初からこうやって眠らせておけばよかったわ。」

「zzz…。」

永琳がやれやれと肩をすくませて机から飛び降りる。

どうやらフランドールは薬の効果で眠らされたらしい。あの激しい攻防の中、どうやったかは解らないが。

「貴方、また激しく暴れたわねぇ…」

後ろの女性が診察室の惨状を見て呆れたような声を出す。

その女性は胸元に大きなリボンのついた十二単に近い着物を着ており、腰まである長い黒髪は一本の狂いなく真っ直ぐに伸びていた。

「これはその吸血鬼が原因ですわ。…って、そうです、姫様。追手です。早くお逃げを…!ここは私が喰い止めますので!」

「あら、永琳。追手ってそこにいる人間のこと?・・・そいつは違うわよ。」

「そうですか違うのですか・・・・・って、え?」

「だーかーらー。そいつは私たちを追ってきた奴じゃないっての。同じことを何度も言わせないでよ。」

「で、ですが姫様。こいつは姫様の蓬莱の玉の枝を・・・」

「仮に追手だとしたらこんなまどろっこしい事するわけないじゃない。何かわけがあるのよ、きっと。」

「は、はぁ…。」

「えぇーと、まずは貴方はどこのどなたなのかしら?この吸血鬼の妹と一緒にここへ来たようだけど・・・?」

長い黒髪の女性に問いかけられ、超時は

「僕の名前は東雲超時、と言います。色々あって紅魔館で執事を務めさせていただいています。えぇと、貴方は…?八意さんに姫様と呼ばれていましたが…。」

「私の名は蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)。姫様ってのは私が月の姫だからよ。あぁ、呼ぶときは別に輝夜でもいーわよ。……ってそんなことはどーでもいいの。

とりあえず貴方がどうして私の持っている唯一の宝を知っていて、それが何故必要なのか教えて貰わないとね。」

「解りました。まず最初に・・・」

超時はこれまで幾度となくこの幻想郷に飛ばされてきた経緯を多くの人に話してきたためすでにこのことに関しては慣れて、手短に説明した。



少年執事説明中。。。



「・・・ということで、こうしてこの永遠亭にまでやって来た、という訳です。」

「ふぅん。あの吸血鬼がねぇ…なかなか面白いじゃない。ねぇ永琳。」

「え、えぇ・・・。その・・・東雲超時、と言ったかしら。さっきはいきなり襲って悪かったわ。私はてっきり・・・」

「あ、あぁはい。お気になさらず…。」

(実際はほんと怖かったけどなぁ・・・・・・あ、そういえば)

心の中で冷や汗をかきながら超時はふと輝夜に問いかける。

「あの、先ほど輝夜さんが仰っていた『月の姫』って……?」

「あー、そのこと。それは貴方、あれよ・・・」

「師匠ーっ!頼まれた薬草採ってきましたよー。」

そこまで輝夜が言ったとき、突然何者かが診察室に入ってきた。






《紅魔館》

「そ、そんなまさか……!!お嬢様が?あいつを…!?」

咲夜が驚きの声を上げる。

「しーっ!咲夜、声が大きいわ。そ、そんな驚かなくても良いじゃない。」

「で、ですがお嬢様。確かにお嬢様のお気持ちも解らないわけではありませんが……。」

「・・・もちろん、昨晩のことは反省しているわ。少し感情的になっていたのかもしれない……その、心配かけてすまなかったわね。」

「い、いえ、お嬢様がお謝りになる必要はありません。」

咲夜は慌てて言い繕うと、それを見たレミリアはクスリと微笑み、

「ありがとう咲夜。とにかく、このことは他言無用で頼むわね。」

「承知致しましたお嬢様。・・・では私はこれで失礼いたします。」

そう言って咲夜は一礼してレミリアの部屋を後にした。部屋に一人になったレミリアはふぅと軽く溜息をつき、天井に目を移す。

(確かにあの時、私は動揺していた…。吸血鬼とあろうものが情けない。…でも、超時の言ったことを考えると何故か胸が締め付けられるのよね…。)

――吸血鬼の初恋、ってところかしらね

博麗神社で紫がレミリアに言ったことが脳裏をよぎる。

「初恋、ねぇ・・・っくしゅん!」






≪永遠亭≫


「師匠ーっ!頼まれた薬草採ってきましたー…って何ですかこの惨状は!?」

現れたのは先ほど超時が受付で見たウサギ耳の少女であった。

先ほどまで永琳とフランドールが激戦を繰り広げた診察室を見て彼女は驚きの声を上げる。

「いや、まぁアレよ。永琳の貴方に対するストレスを吸血鬼の妹相手に発散していたのよ。」

輝夜がウサギ耳の彼女にそう言うと、彼女は顔をひきつらせて

「や、やだなぁお師匠様ったら…じ、冗談ですよね?」

「勿論よ。」

輝夜が楽しそうに言う。

(完全に遊ばれている・・・)

そんなことを超時が思っていると、ウサギ耳の少女は周囲を見渡して、

「・・・それにしてもまた派手にやりましたねぇ。どーするんですか、この棚にあった薬草とか薬とか。」

「あぁそれについては問題ないわ。」

輝夜が超時の方を向いて宣言した。

「こいつに弁償してもらうから。」

「!?」

 ←@風邪と喘息のWパンチ    B償い→



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