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B 妖怪の山の妖怪

「ふぅ・・・結構登ったなぁー・・・。」

パチュリーとの連絡から小一時間山道を登った超時は突き出た岩の上に座りナップサックから取り出した水筒片手に休憩をしていた。

(流石にこう、ごつごつした岩の上を歩くのは疲れるなぁ・・・他の人間達はこんなところをよく登れるよなぁ・・・まぁ、さっきから全く人らしい人を見掛けないんだけど・・・。)
「まさか、ね。」

妖怪の山は壮大すぎて場慣れした者でもしばしば迷うと言う。
超時は初めての幻想郷で始めて妖怪の山へ足を踏み入れた。
結果、超時は妖怪の山で遭難してしまったのであった。

(夜になれば空を飛べるはずだからたぶん大丈夫だよね。うん、大丈夫大丈夫。)

そう自分に言い聞かせ、立ち上がると岩から降り、ナップサックから地図を取り出し、それを眺めた。
妖怪の山の場所に書かれた『妖怪の山の神木』という字に、

(妖怪の山の神木・・・御柱と関係はないのかな・・・。)

そんな事を思って再び歩き始めた。
歩き始めて数分、超時は微かな水の流れる音を耳にした。
半吸血鬼である超時は五感が常任に比べ比較的発達しており、遠くの音もそれなりに聞こえるようになっていた。
超時はレミリアに半吸血鬼にさせられてしまった当初はその感覚の鋭さから軽い頭痛に悩まされていたが、今はもうその心配もなくむしろ半吸血鬼の力を使いこなしつつある。
無論、なぜ昼間は飛べなくなってしまうのはいまだに謎ではあるが。

(もしかしたら、パチュリー様が仰っていた小川かもしれない・・・水筒の水も補給したいし、とりあえず音のする方へ行ってみよう。)

超時が水のせせらぎのする方へ向かうと案の定そこには太陽の光浴びて水がきらめく綺麗な小川が流れていた。
超時はそこで水筒に水をいれ、近くにあった岩に腰掛け空を見上げて、

(ここに川が流れているってことは、この先に行けば滝があるかもしれない。夜までまだ時間があるし、行ってみようかな。)

そう考え、超時が立ち上がる。
すると、河のせせらぎに混ざって微かに足音のような妙な音が聞こえた






             ザッ






「・・・?」

超時はぎくりと体を強張らせ周囲を確認したが、誰も居ない。
あるのは小川を流れる澄んだ水のせせらぎだけであった。

(気のせい、かな・・・いや、気のせいだよ・・・)

超時はビクビクしながらもそう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせ、
ドキドキと未だに治まらない胸の高鳴りを正常に取り戻したところで川の畔を一人トボトボと歩き始めた。



少年執事移動中・・・



超時が小川の畔を歩き始めて数分、再びあの妙な物音が今度は超時の背後から聞こえた。






                     ザッ






「っ!・・・」

(また・・・!今度はさっきよりも近い・・・これは気のせいなんかじゃない・・・!)

超時は立ち止まって振り返ったが、先程と同様に人の気配は微塵もない。
そして超時は首をかしげ不思議に想いながらも再び歩き始めると、その妙な音も聞こえた。
超時の歩調に合わせるように音が聞こえる。
超時はそれから数回歩いては止まり、歩いては止まりを繰り返してこの妙な音の正体を足音だと確信し、

(まさか・・・これは、ストーカー!?・・・い、いやでもこれはストーカーっていうのかな・・・?)

そんな事を考えつつ後ろに迫る見えない相手に怯えながらも歩みを止めずに、足場の悪い小川の畔を歩いていると、後ろのほうから微かにヒソヒソと声が聴こえた。
超時に聞こえないように相手はしているつもりだろうが、半吸血鬼の聴覚は常人よりも優れているため、その会話を超時は聞くことができた。

「に、にとりさん・・・やっぱりこれは一人用ですよ・・・。二人だとやはり少々狭いのですが・・・。」

困ったように囁いている声の主はどうやら女性らしい。
そして後をつけている者が複数人であることが超時には分かった。
暫くしてにとりと呼ばれたもう一人の女性が声を潜めて言うのが聞こえた。

「なに言ってんだい文。あんたが新聞にこの新型光学迷彩スーツの体験談を載せたいって言うからこうやって一番大きいサイズを持ってきてやったのに。」

「それはそうなのですが・・・きゃ!?へ、変なところ触らないで下さい・・・!」

「しっ!声が大きいよ。・・・狭いんだからしょうがないじゃないか。・・・でも、まんざらでもないんじゃない?」

「な・・・!何をバカな・・・!」

「だから声が大きいって!冗談に決まってるでしょうが。前のあいつに聞こえちまうよ!」

(実際もう聞こえているんだけどなぁ・・・でもまぁ会話から察するに悪い人たちじゃなさそうだけど・・・。)

超時は彼女達の会話を聞きつつ苦笑しながらもこの現状をどう打開するか考えていた。
そんな事も知らない彼女達は尚もヒソヒソと話し続ける。

「すみませんすみません。・・・・・それにしても、あれは何者なんでしょう?一見するに人間のようですけど、こんな山奥にまで来て・・・・何が目的なのでしょうか?」

「そんなのあたしが知ったこっちゃないよ。それにそーゆーのを記事にするのが天狗の仕事じゃなかったのかい?」

「そ、それはそうですけど・・・。」

「それに、こないだの時空の歪みの原因もまだ解明されていないんだろ?最近の文々。新聞も質が落ちてきたんじゃないのかい?」

「・・・・・なんですか?ヒトの新聞にケチつける気ですか?」

見えない両者の間に不穏な空気が流れ始めたとき、見るに見兼ねた超時が彼女達に話しかける。
勿論、超時には彼女達の姿は見えない。
しかし、彼女達の声を頼りに勇気を出してその声のする方に向かって話しかけてみた。

「あ、あのすみません・・・。先程から貴方達は一体誰で、どこにいるんですか?」

一瞬にして辺りが静寂に包まれた。
彼女達の表情が強張るのが見えなくても超時には手に取るように分かった。
しばらくして、相手が驚きの声をあげる。

「げげっ!?バレチャッタよ!ど、どーすんのさ!?」

「え、えと、と、とりあえず・・・えいっ!」

「うわっ!?」

不意に超時は何者かに突き飛ばされた感覚に襲われた。
後ろに倒れこみそうになった超時は無我夢中に手を伸ばした。
その時、超時の指先に何かが触れ超時はそれに藁にもすがる思いで握り締める。
が、期待も虚しく超時はそのままどしーんと大きなしりもちをついてしまった。
それと同時に





        ビリッ!





何か布のようなものが破れる音が聞こえた。
しこたまお尻を地面にぶつけた超時は痛そうに、

「いてててて・・・」

お尻をさすりながらよろよろと立ち上がって前を見ると、そこには二人の少女が超時を見つめて立っていた。
二人の少女は一見すると人里にいる着物を着た人間の少女と思われる顔立ちや振る舞いだが、その容姿からしてそれとはまったく違っていた。
赤い瞳を持つ少女は黒髪のショートヘアーで、白い上着を着用し、下着が見えそうで見えない位の長さの黒いミニスカートを履き、頭には小さな紅い烏帽子を被っている。
特に異質なのは足に身に着けている下駄のようなもので、赤い靴の底から横に一本歯が出ている。
それはまるで天狗の履く一本歯下駄のようであった。
もう一人の少女は蒼い瞳を持ち、その瞳と同じ色の綺麗な青い髪は短いツインテールにしており、頭にはどこぞの配管工の弟を彷彿とさせるような緑色の帽子を被っている。
ポケットが多く胸元に紐で結ばれている鍵がアクセサリーの水色の服を着て、水色の長靴を履き、背中には大きなリュックを背負っている。
そんな二人の少女の突然の登場に超時が驚いていると、黒髪で赤い瞳の少女が苦笑して、

「あやややや。見つかってしまいましたか・・・。」

「あ、あなた方は一体誰なんです?いきなり突き飛ばしたりして・・・。」

超時が問いかけると黒髪の少女は、

「それについては謝ります。私は鴉天狗の射命丸 文。こっちの彼女は河童の河城 にとりさんです。・・・それで、貴方は一体何者なのですか?そして、なぜこんなところに?」

「僕は東雲 超時。紅魔館で働いている者です。実は・・・」

超時は妖怪の山に入ってからの経緯を二人に説明した。もっとも、河城にとりは超時の持っている破れた布切れを終始黙視していたが。





少年執事説明中・・・





「・・・で、今度は僕のほうから聞きたいのですが、お二人はどうして僕の跡をつけたりしていたのですか?」

超時が問いかけると文がゆっくりと話し始めた。

「それは、ここにいるにとりさんが作られた『新光学迷彩スーツ』の取材を河原でしていたところを人間である貴方がそこに現れ、普段はこんな山奥に人間なんて来ないはずなので興味が沸き、私もにとりさんのスーツの中にお邪魔して姿を隠し、貴方を追跡した、という訳ですよ。・・・まぁもっとも、スーツは貴方に破壊され、貴方自身もただの迷子、とあってはなんのネタにもなりませんけどね。」

文が苦笑して言うと不意ににとりがおずおずと口を開いた。

「あの、さ。そろそろその一片を返してくれないかな・・・?」

にとりが超時の持っている布切れを指差して言うと、超時は慌てて手にしていた布切れを彼女に返した。にとりはそれを受け取り、

「ども。・・・あーあ、また壊されちった。やっぱり強度、伸縮性に問題があるのかな。それとも・・・」

ぶつぶつと独り言を始めたにとりとそれを苦笑を浮かべて見守る文の二人を見て超時はふと疑問に思ったことを問いかける。

「・・・そう言えば、先程の自己紹介にもちらと出ていたのですが、お二人は本当にその・・・妖怪なんですか?一見してとてもそんな風に思えないのですが・・・。」

超時の問いかけに文はむっとした表情で答える。

「何を言いますか、こう見えても私達はれっきとした妖怪ですよ。この山で天狗と河童は一応強い勢力なんですよ?ご存じなかったのですか?ほら、漫画やゲームとかでよくあるじゃないですか、強い奴ほど人型で、弱っちい奴ほど獣っぽいって感じ。」

「それは、まぁ分からなくはないですけど・・・。」

「まぁそれはそれとして・・・超時さん、でしたっけ。貴方はこの山で迷ってしまわれたのでしょう?それに話を聞いた限りでは山頂の神社で開催されている『御柱祭』に向かいたいんですよね。だったらここは一つ、私と一緒に行きませんか?」

「良いんですか?できることならお願いしたいのですが・・・にとりさんの取材のほうは大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫♪記事は光学迷彩スーツよりお祭りのほうが華がありますし、そもそもスーツ自体壊されてしまいましたから。・・・ねぇにとりさん、貴方も一緒に来ます?」

皮肉を含めて超時に言い、にとりに問いかけると、にとりは布切れの分析を続けたまま、

「ん?あぁあたしは遠慮しとくよ。・・・そうそう、あんたはさっき紅魔館で働いているっていったね?」

にとりの問いかけに超時は頷くと、にとりは超時に笑みを浮かべて

「だったら話が早い。近々そこの図書館にお邪魔しようと思っているから、そこの責任者によろしく伝えといておくれ。あそこにいけばこいつの改良のヒントが得られるかもしれないからね。」

破れたスーツを見て苦笑するにとりに対し、超時は改めて謝罪をすると、にとりはにかっと笑って、

「いいさいいさ。壊されるってのはまだ何か足りないって証拠だからね。それをなんとかしないとエンジニアのプライドに傷が付くってもんさ。・・・さて、そろそろあたしは住処へ帰るとしようかね。帰ってまた改良の続きだ。」

そう言ってにとりはじゃぶじゃぶと川の中へ入り、とぷんと潜るとそれっきり姿を現さなくなった。
その光景を前に超時は驚きで目を丸くしていると、文がさも当然のように、

「・・・まぁ、河童ですからねぇ。水の中を自由に移動できるみたいですよ?」

「は、はぁ・・・。」

(本当に妖怪なんだ・・・。それにしてもポジティブな人だったなぁ・・・。)

超時がそんな事を思っていると文がメモ帳とペンをいつの間にか取り出して超時に話しかける。

「あぁそうそう、一緒に行く前にやっぱり少し貴方を取材させてもらいますね。」

それを聞いて超時は驚きの声を上げ、

「・・・え、取材?さっきはネタにならないって言っていたじゃないですか。」

「気が変わったんです。それによくよく考えてみると、紅魔館で働く男性・・・ましてや人間の男性だなんて珍しいじゃないですか。充分ネタの素質があります。・・・ふふふ、パパラッチの血が騒ぎますねぇ。ささ、そこの石の上で良いんで座ってください。じゃあまずは紅魔館の貴方の具体的な仕事内容から・・・」

「は、はぁ・・・。」

(ネタの素質って・・・。とにかく、とんでもない人に出会ってしまったかもしれない・・・。とりあえず、変な事を言わなければ大丈夫だよね・・・。)

そんな不安を抱えつつ、超時は苦笑いを浮かべ文の取材を数十分に渡って受ける破目になってしまった。勿論、彼が違う世界から来た事は伏せて。






「・・・っとまぁこんなもんでしょうかねぇ。ふふ、貴方のおかげで久しぶりに面白い記事が書けそうです♪」

嬉しそうな表情を見せ、パタンとメモ帳を閉じた文はそう言った。

「それは良かったです。」

石の上に座らされ、数十分の取材を受けた超時が石から立ち上がりお尻をポンポン叩きながら言うと、

「さて、それじゃ上の神社に行くとしましょうか。さ、私の手を握ってください。」

そう言って文は片手を超時に向かって差し出す。超時は不思議に感じながらもそれに応じ、文の手を握る。
ちょっとしたラブコメのようなシチュエーションにドキドキしながらも超時は文に問いかける。

「えと、神社までは遠いんですか?」

すると文は余裕の笑みを浮かべ、

「いやいや、ほんの数秒で着きますよ。一応手加減はしますが、移動の際に私の手を離さないようにして下さいね?」

「?それってどういう意m――っ!」

言い終わる前に超時はグイと体ごと文に引っ張られ、同時に超時に突風が吹き込んだ。

(っ!わっ、とと)

不意を疲れた超時は危うく転びそうになるも、風で目が開けられない中を文の手をしっかり握って必死で足を動かしてそれを免れる。
が、それはまるで進んでいる心地がせず、ただ足踏みのようにも超時には感じられた。

「そうそう、その調子。なかなか上手いじゃないですか。」

文の落ち着いた声に語りかけられ、超時はその風の中で恐るおそる目を少しあけ、転ばないように足を動かしながら周りを見る。
・・・すると周囲の景色がめまぐるしく変わっている事に気がついた。
次第にこの風にも慣れた超時は目をパチクリさせ、自分と文を取り囲む木々たちが次々に後ろに流れていくのを見て、

「風に・・・なっている?」

思わずそう呟くと文に聞こえたらしく、

「あ、お気づきですか?こんなこと人間には一度も試した事はないんですが、生きていて良かったです。これでも周りから見ればそよ風程度のものなんですよ?」

私一人ならもっと速くできるのですが、と付け加える文を見て超時は、

(この人もやっぱり妖怪なのか・・・。幻想郷にはいろんな人たちがいるんだな・・・)

そう思っているうちに文が

「あぁ見えました見えました。もう少しで到着です。」

そう言って間もなく二人は妖怪の山頂付近にある守矢神社へ到着した。太陽はもうすぐ山に沈むかというところだった。

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