超時が香霖堂を出て少し離れたところから森の中へ足を踏み入れた。
森の中は先程慧音が言っていたように茸の胞子が充満していて薄暗く、半吸血鬼の能力を得た超時でも少々居心地が悪い。
上を見上げれば無数の木々が空を覆っており太陽の光がほとんど届かなく薄暗い。
その所為で、地面にはたくさんの茸が生え、暗く湿っている情景を更に怪しくしている。
そんな中超時は、巫女の涙が入った小瓶を霧雨魔理沙から取り返すべく、足元に注意しつつ歩いていた。

(勢い良く出てきたはいいけれど、手がかりなんてものは全然知らないんだよなぁ・・・。)

そんな事を思いつつ、超時が森の中を彷徨うこと数十分。ふと森の奥に胞子とは違う小さな光が見えた。
超時はとりあえずその光に向かって足を進めると不意に足元を掬われる感覚に襲われた。

「・・・うわっ!?」

そう叫んだのもつかの間、超時は植物の蔦にあっけなく絡まれ、バッグを落とし、逆さまになって木にぶら下げられてしまった。
その木には麻痺属性の茸が生えているらしく体が思うように動かない。
超時が力無くだらんとして数分、どこからか足音が此方に近づいてくるのが聴こえたので超時は大声で助けを呼んだ。

「おーい、誰かーっ!・・・ゲホッゲホッ。」

逆さまで、尚且つ茸の胞子が充満する空間で大声を出せば誰でも咽るものである。
超時はそれに構わず、それから数回に渡って叫んだ。
すると、足音が此方に気付いたのか次第に大きくなりその足音の主が現れた。
それは染めているとは思えない金髪の頭にカチューシャをつけ、開く事ができないように鍵をかけてある分厚い本を持った少女であった。
その少女は超時を見て顔をしかめつつ、

「助けを呼ぶ声が聴こえたから来てみたけど・・・貴方、誰?・・・まぁいいわ。とりあえず、降ろすから。」

そう言って彼女が取り出したのは小さなリボンのついた可愛らしい人形だった。
彼女はその人形を地面に置き、人形の後ろに立つと両手をかざした。
すると、その人形はまるで糸で操られたかのように動き出し、どこから取り出したか分からない鋏で超時の足に絡み付いていた蔦を切り落とした。
超時は無様に地面に落下したが半吸血鬼の能力のおかげで傷一つ付かず、お尻の土を払って立ち上がりお礼を言った。
すると彼女は益々気味悪がり、

「あの高さから落ちて傷一つ付かないなんて・・・貴方何者?ただの人間じゃないわよね・・・。それに、その服・・・おそらく紅魔館の関係者かとは思うけれど、こんなところに何の用?それに・・・」

「ち、ちょっと待ってください。そんなに質問されても・・・」

彼女の執拗に問いかけてくるのを超時は遮り、落としたバッグの汚れを取り払いながら落ち着いて自己紹介とここに来た理由を掻い摘んで説明した。



少年執事説明中・・・



すると彼女は落ち着きを取り戻し、

 「そ、そうだったの。魔理沙に会いに来たのなら最初からそう言いなさいよ。・・・さっきは取り乱して悪かったわ。お詫びと言ってはなんだけど、折角だし私の家でお茶でもどうかしら?」

「え、でも僕には・・・」

「大丈夫。魔理沙の事ですもの、私の家にいればきっと来るわ。それにさっきみたいな罠にひっかかる間抜けなことも無いしね。」

痛いところを突かれ、結果超時は彼女についていくことになった。

「ところで、さっきの罠は貴方の・・・?」

「アリス。」

「・・・え?」

「私の名前よ。アリス・マーガトロイド。さっきの罠はきっとこの森に住んでいる三匹の妖精の仕業ね。ここ最近その手の悪戯は見なくなったのだけれど、またやりだしたようね・・・。まったく、困ったものだわ。」

超時の問いかけに答え一人で溜息をついているアリスを見て超時は話題を変えた。

「そ、そーいえばマーガトロイドさん・・・。」

「アリスで良いわ。」

「あ、はい。・・・アリスさんがさっき僕を助けてくれたときに動いていた人形なんですけど、あれはどうやって動いてたんですか?」

「あぁあれね。あの上海人形は私の魔法で動かしていたの。まぁ、原理は操り人形と一緒ね。ただ、まだ私も経験不足だから魔法のレベルもまだ未熟だけどね。・・・着いたわ。ここが私の家。」

そう言うとアリスは森の中にポツンと佇む洋風の小屋を指差した。
中に入るとそこはいたって普通の部屋で、窓際の机の上には作りかけの人形が置かれ、本棚には魔法の本と思われる分厚い本が隙間無く入っていた。
アリスは中央のテーブルを指差し、

「そこのテーブルで待ってて頂戴。今準備するから。」

すると彼女は再び先程の魔法で人形を操り、お茶の準備をし始めた。
超時はバッグを置いて椅子に腰掛け、その様子を見ていた。
 
 数分後、テーブルにはアリス(の人形)が淹れた紅茶が置かれていた。アリスは超時の対面の椅子に座り、自分の紅茶を手に取って、

「紅茶でよかったかしら?紅魔館の人だから勝手に紅茶にしてしまったけれど・・・。」

「あ、大丈夫です。お構いなく・・・。いただきます。」

そう言って超時は一口その紅茶を飲んだ。
以前パチュリーと初めて出会ったときに飲んだ紅茶とは少し違う風味がした。
二人が暫しその紅茶の風味を楽しんでいたその時、ドアを叩く音がした。
アリスが返事をする前にその扉は開かれ、そこに現れたのはアリスと同じ金髪の魔女で巫女の涙を盗んだ張本人、霧雨魔理沙だった。

「ちーっす、アリス。遊びに来たぜー・・・っと、なんだ?先客か?」

彼女は元気よく中に入ってくると超時がいることに気付き、しげしげと超時を観察すると不思議そうに尋ねた。

「お前、誰だっけ?」

超時は無言で立ち上がり、魔理沙と対峙するように立つと、

「貴方が霧雨魔理沙さんですね?」

「まず私の質問に答えろ。話はそれからだぜ。」

そう魔理沙に窘められると、超時は一息ついて、

「すみません。僕は東雲超時。訳あって紅魔館で執事・・・見習いですけど、執事を務めさせて頂いています。もう一度聞きます。貴方が霧雨魔理沙さんですね?」

それを聞いて魔理沙はニヤリと笑みを浮かべ、

「私はお前を知らないがお前は私を知っているとは、私も有名になったもんだな。・・・まぁ私が正真正銘、霧雨魔理沙だ。なんだ、私に用でもあったのか?」

「そうそう、それ私も聞きたいわ。」

アリスが二人の会話に割って入ってきた。
彼女は超時に興味を抱いたらしく、テーブルの上で手を組みながら超時が話し始めるのを待っていた。

「それじゃ、話します。僕が魔理沙さんに何故用があったのかを。あ、でもまず最初に、僕は・・・」

そうやって超時は二人にこれまでの経緯を説明し始めた。



少年執事説明中...



「・・・で今アリスさんの家で紅茶を頂きつつ貴方を待っていたのです。」

十数分かけて今までのことを説明した超時はここでゆっくりと息をついた。
いつの間にか超時が今まで座っていた椅子に腰掛けながら魔理沙は腕組みをしながら超時の説明を聞いていた。
アリスもまた、飲み終わった紅茶のカップを手元で転がしながら聞き入っていた。

「えと、お分かり頂けたでしょうか・・・?」

超時が不安そうに尋ねると、魔理沙は神妙な面持ちで頷き、

「なるほどな。紅魔館で働く執事なんて聞いた事もなかったが、その説明で納得したぜ。そうゆうことなら返してやっても良いが、条件がある。」

「ちょっと魔理沙・・・!」

紅茶のお代わりを注ごうとしていたアリスが驚いてそう言うも魔理沙は無視して不敵に笑って超時を見る。

「条件・・・?それは一体何ですか?」

超時は表情を曇らせ問うと、魔理沙はニヤリと笑って、

「お前のその『材料集め』とやらに私たちも協力させることだ。話を聞いてみると中々面白そうじゃないか。詳しい事はパチュリーから聞けばいいだろ。なぁアリス?」

それを聞いてアリスは飲みかけていたお代わりの紅茶を吹きだしかけ、咽ながら驚いた様子で、

「!?・・・私もやるの!?」

その後彼女は一人でなにやらぶつぶつと文句のような、文句じゃないような事を呟き始めてしまった。

(魔女って人たちは皆少し変わっているなぁ・・・)

超時はそんな事を思っていると、魔理沙が再び超時に話しかけた。

「それに、お前が言っていた材料の一つの魔法の森の茸。茸と一括りに言ってもこの森には何百種類と存在するんだ。まさか全種類必要なわけ無いだろう?それについては私たちの方がパチュリーより詳しいはずだ。なんせここに住んでいるんだからな。お前が探している茸が、どんなものなのかきちんと調べてから出直してくる方が良いと思うぜ。」

「そ、そんな・・・はぁ。」
超時が溜息をついて落胆していると、魔理沙は明るい口調で、

「っま。とりあえずお前にゃあの瓶を返さないといけないな。よし、そうと決まればさっさと帰るぞ。」

そう言って魔理沙はつかつかと外へ出て行ってしまった。

(ものすごく自分勝手な人だなぁ・・・。まぁ、あの瓶をすぐ返してくれるのだから悪い人ではないと思うけど・・・。)

超時はそんな彼女に対する印象を浮かばせながら、まだ何かぶつぶつと呟いているアリスに向かってお礼を言うと、彼女は複雑な表情で、

「わ、私は別にあんたのためなんかじゃないんだからね。魔理沙が一緒にいるから仕方なく・・・、パチュリーがいるのが少し気に食わないけど・・・。」

最後のほうは消え入りそうな声だったので超時は聞き取れなかったが、彼女の手伝うという意思に嬉しく思い、再びお礼を言ってアリスの家を出た。

 超時が外へ出ると辺りが一層暗くなっているのを感じた。
太陽が西に傾いてきたらしく、唯でさえ暗い森を暗く染め上げていた。
魔理沙は外で彼を待ちながら箒の手入れをしており、超時に気付くとその箒を担ぎながら、

「んじゃ、行くか。」

そう言うと魔理沙はすたすたと歩き始めた。超時は彼女に追いついて並んで歩きながら問いかける。

「その箒は使わないんですか?」

それに歩きながら頷いて魔理沙が、

「あぁ、ここだと飛ぶより歩いたほうが都合が良いからな。この森は私の庭みたいなもんだから、滅多な事じゃ迷うことはないぜ。そろそろ日が暮れちまうから少し急ぐぜ。」

その後、二人は薄暗くなってきた森の中を歩いていった―――


 




 所変わって、ここは紅魔館のレミリアの部屋。

超時が魔法の森でアリスたちとお茶会を開いていた頃、彼女は太陽が西に沈み始めたときにふと目が覚めた。
小さな伸びをしてベッドから降り、正装に着替えるべくピンクの寝間着を脱ぎ始めた。

着替えている途中、彼女は妙な胸騒ぎを感じた。

(妙ね・・・。何かしら、この感覚・・・何か嫌な予感が・・・。)

そんな事を思いつつ着替え終えると、そのタイミングを見計らったかのように部屋の扉を叩く音がした。

「誰?」

レミリアが問いかけると部屋の外から割と落ち着いた声が返ってきた。

「咲夜です。お嬢様にご報告することがありまして参りました。」

「私に?何かしら・・・とりあえず入りなさい。」

「失礼します。」

咲夜はそう言って部屋の扉を開けて中に入ってきた。

それをみてレミリアは咲夜に問いかける。

「それで?一体どうしたというの?」

咲夜はレミリアの問いかけに少し表情を曇らせ、

「申し上げにくいのですが、悪い知らせです。地下にある牢屋の鍵が、先ほど襲来した魔法使いの魔理沙が放ったスペルカードで開かれてしまいました。」

「何ですって?」

レミリアは眉を顰(ひそ)め、驚きの声をあげた。

「中のいたあの子は?」

その問いかけに咲夜は言葉を詰まらせ、申し訳なさそうに、

「それが・・・私共が確認した時点で、すでに誰も居ませんでした。・・・・・申し訳ございません。」

「別に謝る必要は無いわ。・・・それより、あの子は一体どこへ行ったのかしら。」

「その事につきましては既に部下の妖精メイドたちに捜索させています。私もこの後捜索にあたる予定ですわ。」

「そう・・・・・。分かったわ、行って頂戴。」

「はい、それでは、失礼します。」

そう言って咲夜は部屋を出て行った。

(胸騒ぎの正体はこれだったのね・・・まったく、あの子にも手が焼けるわね・・・。)

レミリアは溜息をつきつつ壁にかけられているナイトキャップに手をかけ、彼女もまた部屋の外へと出て行った。





 「ここが魔理沙さんの家ですか・・・。」

超時は薄暗い森の中に佇む一軒の洋風な建物を見て言った。
一見すると普通の洋風の家だが、入り口に『霧雨魔法店』と書いてある古さびた看板が掛けられている。

「ちょっとここで待っててくれ。」

そう言って魔理沙はその建物の中へ入っていった。
どうやら中で魔理沙が明かりをつけたらしく、彼女がその中に入って間もなく中から光が漏れた。
超時は魔理沙を待ちながら薄暗い森の奥へ視線を移す。

(こうして改めて見ると、この森って日が暮れるとほんと不気味だなぁ・・・)

そんな事を思っていると、不意に背後から魔理沙の声が聴こえた。

「この魔法の森は私やアリスみたいな魔法使いにとっちゃいい感じの住処なんだ。お前にゃ分からないと思うが、ここには相当な量の魔力がここにはあるんだ。・・・まぁ、詳しい事は良くわからないけど、見習い魔法使いの修行にゃもってこいなんだぜ。」

「!・・・そ、そうなんですか。」

驚きで一瞬びくりと体を強張らせて答える超時に対し、魔理沙は家の中から持ってきた小瓶を差し出して、

「んじゃ、これは返しとくが、約束はしっかり守ってもらうぜ?」

「分かりました。パチュリー様に話しておきます。」

超時が小瓶を受け取りつつそう答えると、魔理沙はニカッと笑って箒を持ち出し簡単な手入れをしつつ、

「ここ最近はあの宝船の件からなんも起こらなかったからなー。丁度いい暇つぶしが出来て良かったぜ。」

「は、はぁ・・・。」

超時は曖昧な返事をして苦笑した。
魔理沙は満足そうな顔をしてパチンと指を鳴らして家の明かりを消すと箒に跨り、

「さてと、それじゃあそろそろ行くとするか。」

そう超時に言うと彼はきょとんとした表情で

「また、どこかへ行くんですか?」

「送ってってやるんだよバカ。この幻想郷は夜だと少し危険だからな。ほら、さっさと乗りな。」

超時はそこでピンときて、お礼を言って箒に跨る彼女の後ろに跨った。
魔理沙はそれを確認してから箒に力を込めつつ、

「紅魔館に行けば良いんだろ?しっかり捕まっときな。・・・あぁ、もし変なところでも触ったら即行で落っことすからな。」

「り、了解です。」

超時はおどおどしながら彼女の腹部に手を回して捕まった。
次の瞬間、二人が跨る箒が上昇し、二人の足が地面から離れ、そのままゆっくりと木々の枝を抜けて森の上へ浮いていった。

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