「一体それはどうゆう事なんですかっ!」

超時は一人の女性の荒げた声で目が覚めた。

声の主はどうやら廊下にいるらしくドア越しにその声が聞こえる。

「だから、そうゆう事よ。親友に頼まれたから彼をここの見習い執事にさせたの。同じ事を二度言わせないでくれる?」

超時は外にいるのはレミリアと咲夜で、話している内容は自分のことだと確信した。

「も、申し訳ありません・・・。し、しかし、お言葉ですがお嬢様、メイド長である私になんの連絡も無しにあのような者を・・・他の人間を見習いとはいえ執事に・・・。」

「あら、貴方だって人間じゃない。貴方も彼の事情は知っている筈、それに連絡しようにも貴方が出掛けていていなかったら連絡の仕様が無いじゃない。」

「そ、それは・・・・・。」

「分かったら彼にここの仕事を教えておいてくれないかしら。彼に働かせとけば貴方の負担もこれから軽くなると思うし、一定の期間だけだけど、こき使ってやるといいわ。」

「し、承知致しました。」

見事に言いくるめられた咲夜は渋々返事をし、レミリアはもう一眠りするらしく部屋へ戻る音がした。

すると、超時の部屋のドアを叩き、咲夜の声が聞こえた。

「どうせ今のも聞いていたんでしょう?クローゼットの中に服があるからそれに早く着替えて一階のエントランスに来なさい。」

超時はそれを聞くと返事をしてベッドから跳ね起き、テキパキとシーツ類をたたんだ後、洗面所で軽く顔を洗い、クローゼットの前で執事服に手早く着替え部屋を出た。

(こうして着てみると執事服も案外動きやすい・・・材質的に水も弾きそうだし、ただの黒くて地味なものだと思ってたけど、すごい服なんだな・・・。)

執事服を着てそんなことを思いつつ階段を下りていくとエントランスには咲夜と十数人の妖精メイドたちがいて咲夜は彼女達に仕事の指示をしていた。

妖精メイドたちはその指示に頷くと、散り散りになって仕事に取り掛かっていった。そこで咲夜は超時に気づき、

「あら、ずいぶんと遅かったのね。事情はすべて貴方が聞いていた通りよ。ふふ、案外似合うものねその服も。あの時はお客様だったけれど、今の貴方は私の元で働く雑用ってとこかしらね。これからその仕事の説明をするからついてらっしゃい。」

そう言うと、彼女は早足で歩き出し、超時は慌ててその後を追った。



(少年執事移動中...)



暫くして咲夜と超時の二人は大きな長テーブルとたくさんの椅子が並べられた閑散とした場所へ来た。
すると咲夜は、

「ここは食堂よ。ここで私たちのような従者は食事をとるの。今はここに誰もいないけれど、厨房に行けば誰かしらいるでしょう。」

そう言うと、咲夜は奥へ進んでいった。

超時もそれに続いていくと厨房には数人の妖精メイドがせっせと昼食の支度に勤しんでいた。

材料を切る音、物を焼く音、煮る音、メイドたちの指示の声・・・とても忙しそうだが活気のある賑やかな場所であった。

一人のメイドが二人に気づき元気よく挨拶をするとそれにつられ他のメイドたちも次々と挨拶をする中、咲夜は大き目の声で超時に、

「ここが見ての通り厨房よ。いつもこの子達が紅魔館の食事を作っているの。貴方は特にここで料理をしろとは言わないけれど、皿洗いとか、作った料理を運んだりする雑用をやってもらうこととなるわね。ここにいたら私たちも邪魔でしょうし、さっさと次行くわよ。」

そう言うと二人は厨房を出て行き、入り組んだ廊下を少し歩くと今度は大きめの倉庫らしき部屋の前で咲夜は立ち止まり、超時の方を向いて、

「この倉庫みたいな部屋はこの階を掃除するための道具一式が揃って入っている器具庫よ。この器具庫は各階にあって、中の道具も自由に使ってもらって結構よ。・・・・・むしろ貴方にはここを頻繁に使って館中の掃除を手伝ってもらうこととなるわね。まぁ、お嬢様に噛まれて大分普通の人間より機敏に動けるようになっている筈だから余裕よね。」

(身体能力が優れるってのはこんなところにおいて使えるのか・・・。)

そう納得していると咲夜が、

「あと説明しておくことは・・・洗濯、そうよ洗濯だわ。洗濯は貴方はやらなくていいわ。自分のだけやっておけばいいの。一応貴方は男性だし、何か間違いでも起こったら一大事ですもの。それに・・・あ、いや、何でも無いわ・・・。そ、そうそう、あと私がどうしても手が離せない仕事があるときに貴方には人里へ行ってもらって簡単な買い物・・・いわゆるおつかいを頼むこともあるからよろしく頼むわね。」

「・・・?判りました。」

(なんで洗濯のことでそんなに焦ってたんだろう・・・?)

そんな疑問を抱きつつ、超時は頷き、それから数分にわたり彼女から色々と説明を受けた。
半ば彼女の説明も終わった矢先、不意に二人の背後から声が聞こえた。

「咲夜さーっん!」

その声の主は小走りでこちらに向かってくる紅美鈴であった。

二人はその声に気づき、咲夜が、

「あら、中国。一体どうしたの?そんなに急いで。」

「どうしたの?じゃないですよ〜今日の約束忘れちゃったんですか?・・・・・・って、私は中国じゃなくて紅美鈴ですって!」

(約束・・・・・?)

「あ、ごめんなさい・・・すっかり忘れていたわ。・・・それにそのことは丁度今日から働くことになった彼にやってもらおうと思ってたところなのよ。」

(なんか都合いい人だなぁ・・・・・。)

「え?・・・あ、よく見たら昨日の!へぇ〜服装が違うから別人かと思っちゃいましたよ〜。よく似合ってますよ?」

「あ、ありがとうございます・・・美鈴さん。あの、それで約束って一体・・・・・?」

「そうそう。それは昨日咲夜さんが帰ってきたときに明日の朝、私の花畑の整備を手伝ってくれるって約束してくれたんですけど・・・・・忘れるなんてひどいですぅ・・・。」

「そんなこと言ったって、今朝はいろいろと忙しかったんだからしょうがないじゃない。それに私ははじめに謝ったつもりだったけれど、聞こえてなかったのかしら?」

「でも―――――――」

「あの・・・」

咲夜と美鈴が口論に発展しそうになるのを慌てて超時はそれに割って入った。

二人の視線が彼に注げられると、

「咲夜さんが忙しかったのはここで初めて働くことになった僕のために色々と説明してくださったからで、美鈴さんとの約束も美鈴さんにとってとても大事だったんでしょうけど、その、忘れてしまったのは多分僕の所為だと思うんです。だって、咲夜さんは僕がここに来ることも、ここで働くことになったのも全く知らされていなくて、それでもここの事を一生懸命僕に説明しろとお嬢様から言われて・・・・・府に落ちないのも当然で、その結果色々と混乱してしまったんだと思います。・・・・・僕でよければできる限りのことはお手伝いしますよ?」

「貴方・・・・。」

驚いている咲夜より先に美鈴が口を開いた。

「そうですよね・・・。こんなところであーだこーだ言っている前にまずは働かないと!・・・で、咲夜さん、彼への説明は終わったんでしょうか?」

「え?えぇ、まぁ。」

「そうですかー、それなら良かったです〜。それじゃあ私は先に花畑に行って準備をしておくので貴方も準備ができたら館の外に来てくださいね?」

そう言うと彼女はくるりと向きを変え、廊下を歩いていった。

超時は彼女を見送った後、咲夜の方に向き直り、

「それでは僕も美鈴さんを手伝いに行ってきます。あの、色々と詳しく説明していただきここの事は大体分かりました。ありがとうございました。これから僕、なんとか前向きに頑張っていこうと思います!」

お辞儀をしてその場を立ち去ろうとすると咲夜が呼び止め、

「ち、ちょっと待ちなさい。その・・・・ありが、とう。貴方のおかげで面倒なことにならずに済んだわ。」

何故か顔を赤らめて言うと超時は微笑んで、

「僕は当然のことをしたまでですよ。お礼を言われる筋合いなんてこれっぽっちもありません。僕の方こそ運命の悪戯とは言え、いきなり貴方のところに現れてしまって・・・あ、すみません・・・あのことは忘れます。」

「い、いや、それなら別にもう良いわ。ほら、早く行かないと待ってるわよ?」

「あ、そうでした。それでは、失礼します。本当にありがとうございました!」

もう一度軽くお辞儀をすると超時は小走りでエントランスの方へ消えていった。

一人残された咲夜は、

(私としたことが、こんなことに赤面するなんて・・・。東雲超時・・・まだここに来て一日もたっていないのに・・・もしかしたら私が思っている以上にしっかりしているのかもしれないわね・・・)

そんなことを思いつつ自分の仕事へ取り掛かるためにその場からいなくなった。

一方、美鈴に言われ紅魔館の外へ出てきた超時は、久しぶりの日の光に目を瞬いていると館の横のほうから美鈴の声が聞こえた。

「右に曲がってきてくださーい!」

超時はその声に従って紅魔館の右側に回ってみるとそこは、テニスコート二つ分位の広さを持つ大きな花畑だった。

数多の草花に混じり果樹園なども栽培しているようで、甘い香りがほのかに漂う光景に超時は

(昨日の夜は暗くて分からなかったけれど、こんな所があっただなんて知らなかったなぁ・・・)

そんなことを思いつつ見とれていると、奥の小屋の中からじょうろを持った美鈴が出てきて超時に手渡しつつ、

「えへへ、どうですかこの花畑、綺麗でしょう?私がいつも手入れしているんですよ。今回貴方にはそのじょうろで花たちに水をあげてください。私はまだ他にやることがあるので一緒にはできませんけど、大丈夫ですよね?あ、水はあそこの水道から出ますんでよろしくお願いします。」

美鈴は小屋の隣にある蛇口を指差して館の裏へ歩いていった。

「さて、と。」

超時は腕まくりをしてその広い花畑を見渡す。

(美鈴さんはいつもここを一人で・・・)



少年散水中・・・



半吸血鬼の力のおかげでものの1時間たらずで水やりを終えた超時は額の汗を拭い、一息ついていると美鈴が植物が入った大き目の植木鉢とタオルを二枚持って戻ってきた。

「お疲れ様です。そろそろ終わる頃かなと思ってきました。タオルをどうぞ。」

美鈴は植木鉢を置いて超時にタオルを渡しつつ言った。

「あ、どうもです。」

超時はタオルを受け取りつつお礼を言い、美鈴の持ってきた植木鉢を見て、

「その植木鉢は?」

そう問いかけると美鈴は、

「これは裏から持ってきたもので、あそこの空き地に植えようかと思ってるんですよ。まだまだ裏にあるんでこれも手伝ってもらいますね。それじゃ、行きましょうか?」

超時はじょうろを片付け、彼女と一緒に裏へ回るとそこには数個の植木鉢が置かれていて、それらは木が入っていたり、花が入っていたりと色々な植物が入っていた。

美鈴がその内の一つを持ち上げ超時に、

「これらをさっきの所まで持って行きましょう。手袋ならそこにありますんで良かったら着けてくださいね。」

「分かりました。」

超時は軍手のような手袋をはめて植木鉢に手をかけて持ち上げてみると意外にも軽く感じたことに驚いた。

(これも半吸血鬼の力のおかげなのかな・・・)

そんなことを思いつつ二人は作業を進めた。
数分して二人は裏にあった植木鉢を運び終え、一息つくと美鈴は額に浮かぶ汗を首に掛けたタオルで拭きつつ、

「さて、と。それじゃあこれらを植え始めましょうか。今日はこの作業で終わりにするので頑張りましょうね。」

超時は頷き、美鈴と共に作業に取り掛かった。



少年作業中・・・



太陽も傾き始め、鮮やかな夕焼けが紅魔館を更に紅く染める頃、超時と美鈴は作業を終え、用具を片付けていた。

空き地となっていた場所には植木鉢に入っていた数種類の植物が夕焼けに紅く照らされて長い影を作っていた。

美鈴は片付けた用具を確認し、小屋の鍵を閉めつつ超時に、

「今日はお疲れ様でした。貴方に手伝ってもらったおかげで随分と捗りましたよー。いやぁありがとうございました!」

そうお礼を言われると超時は照れくさそうに、

「いえいえ、僕の方こそこの力に慣れることができてよかったですよ。僕でしたらいつでもお手伝いしたいと思うのでそのときはまた呼んでください。」

そう言うと美鈴は嬉しそうに微笑んで、

「それはとても助かります〜!咲夜さんはめんどくさがってあまり手伝ってくれないし、貴方がそう言ってくれて嬉しいです。」

鮮やかな夕焼けの中、そう話していると一人のメイドが二人の元にやってきて超時に向かって、

「超時様、レミリアお嬢様がお呼びです。至急お嬢様のお部屋へ行って下さい。」

「お嬢様が?分かりました。すぐに行きます。」

そう超時が返事をするとそのメイドは一礼し、館へ帰っていった。

そのやり取りを見ていた美鈴は超時に向かって、

「それじゃ、今日はこれでお開きですね。日も暮れてきたし、私はこれから門番の仕事があるのでこれで。」

「美鈴さんはこれからまだ仕事があるんですか?」

そう超時が問いかけると、美鈴は超時に背を向けて門の方へ歩き出しつつ、

「まぁ、夜の門番も仕事の一つですし、私、結構タフなほうなんですよ。早くお嬢様のところへ行ってあげてください。」

片手をひらひらと振って歩き去っていく美鈴に別れの挨拶を言って超時は紅魔館の方へ小走りで去っていった。

 色鮮やかだった夕日もほとんど姿を隠し、辺りが闇に包まれ始めると美鈴のいる門の灯りがつき、彼女のかぶっている緑色で星型のバッヂが付いている帽子をぼんやりと照らせている。

彼女はそんな中一人物思いに耽っていた。

(あの人は、超時さんは初対面のときからちゃんと私のことを美鈴と呼んで・・・本当はこうじゃないと駄目なんだけど、なにか、くすぐったいですね・・・)

そんなことを考えつつ、一人でニヤニヤしながら今夜も彼女の門番の仕事は続く――――


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@ 見習い執事と門番の庭弄り