B 従者の証


来た道を戻って超時はロビーに戻ってきた。

するとそこには椅子の上に腰掛け、外の紅い月を眺めているレミリアが一人でいた。

彼女は超時に気づき、椅子から軽い身のこなしでひらりと降り立つと、

「あら、遅かったじゃない。その顔つきからみると、何かわかったみたいね。ここにも大分慣れたかしら?」

「えぇ、まだ驚くことは多いですが何とか落ち着きました。」

「・・・・・で、その手に持っているのは何?」

「これですか?これはパチュリー様から、その、お、お嬢様宛の手紙です。」

そうしどろもどろになりながら超時は手紙をレミリアに渡した。すると、彼女は微笑んで、

「ふふ、まだ肩に力が残っているわよ?まぁゆっくり慣れればいいわ。」

そう言いながらレミリアは手紙を受け取り、その場で読み始めた。

こう改めてみると二人の身長差は歴然で、彼女を見るとその容姿で500年生きているのかと不信感に駆られる。

彼女は一通りその手紙を読むと不敵な笑みを見せ、その深紅の瞳で超時を見上げながら、

「こうなる運命だとは解っていたわ。・・・でも、面白そうだし今更いじる必要もないわ。・・・少しじっとしていなさい、怪我するわよ・・・・っ!」

そう言うと、彼女は風を切るような速さで超時に跳びかかり彼の首筋に噛み付いた。

超時はあまりの突然の出来事に身動きができず、そのまま何が起こったのか解らずただ呆然と立ち尽くしていた。

彼女の生暖かい吐息が首筋に伝わると、超時は全身に鳥肌が立つのを感じ、首筋にチクリと軽い痛みが走った後ジワリと温かい液体が出る感覚に襲われた。

そう、彼は吸血鬼である永遠に幼い紅き月「レミリア・スカーレット」に吸血されてしまったのであった。

・・・数秒の沈黙の後、彼女が「ぷはっ」っと吸血を終えて離れると超時は噛まれたところを押さえて顔を赤らめつつ、

「ちょ・・・っ!いきなり何をするんですか・・・!?」

そんな超時を尻目にレミリアはナプキンを取り出し口を拭き、まだ口に残る彼の血液を舌で転がしながらじっくりと吟味して飲み込み、

「ん・・・・・ご馳走様。味は悪くは無いわ。うん・・・、合格よ。貴方をこの紅魔館のメイド・・・いいえ、少年執事として迎えるわ。」

しばしの沈黙の後、超時がその沈黙を破った。

「そ、それとこれのどこが関係してるんですか・・・!?合格って・・・。」

そうぼやく超時に対しレミリアは落ち着いた口調で、

「そんなの決まってるじゃない。この吸血の意味の一つは純粋に貴方の血の味が知りたかったの。もう一つは従者の証ってとこね。」

「従者の・・・証?」

超時が不思議そうに言うとレミリアはロビーの壁に掛けられている鏡を指差して

「そこの鏡を覗いて御覧なさい。」

超時は恐る恐るその鏡を覗くと、自分の首筋に紅く刻印が映っているのが確認できた。

超時はその刻印を指でなぞりながら、

「でも、吸血鬼に噛まれると・・・」

「吸血鬼になる。」

レミリアがそう続けると、超時は首を縦に振った。すると彼女は微笑して、

「確かに、本来吸血鬼に血を吸われたものはいずれ吸血鬼になるわ。・・・でもそれは噛み方によってその者を吸血鬼にでもそうじゃないものにもできるの。」

「そうじゃないもの・・・?」

超時は鏡から視線をレミリアに移し、問いかけた。

「えぇ、今私が貴方にやったのは後者の方で、甘噛みのようなものね。ここの従者達には皆その刻印がされているのよ?つまり、吸血鬼自体にはならないってこと。ただ、吸血鬼に噛まれたことには変わりはないから並の人間じゃ考えられないくらい優れた身体能力を持つことになるわ。まぁ、ちょっとやそっとの衝撃じゃ死ぬことが無くなるって事。半吸血鬼ってところかしら。実際・・・ほら。」

彼女はテーブルに置いてあったナイフを手に取ると軽く彼に投げつけた。

「わっ!?」

超時は反射的に腕を身体の前で交差して防御の姿勢をとった。

すると、ナイフは超時の腕に当たり、何事も無かったかのように床に落ちた。

超時の腕には目立った傷も無く、その事実に彼は目を丸くした。レミリアはそれを見て微笑し、

「ほら、ね?言った通りでしょう?」

「あぁ、そ、そうですね・・・。」

落ち着きを取り戻した超時は自分の手を見つめる。

するとレミリアは普通にとことこと出口の方へ歩き出し、超時に向かって

「さぁ、行くわよ。ついてらっしゃい。」

そう言うとロビーのドアノブに背伸びをして手を掛け開けた。超時は、慌てて追いかけて、

「一体どこへ行くんですか?」

その問いかけに対しレミリアは声を弾ませ、

「これから貴方がここで働く以上、この紅魔館の事をもっと知っておかないといけないわ。」

そう言うと、てくてくと歩き出した。

超時は彼女の後ろについていくと、レミリアは歩きながら、

「本当ならこれは咲夜の仕事なのだけど、生憎咲夜は他の仕事で出ているの。だから今回は特別に紅魔館の主であるこの私が直々に貴方を案内するわ。ふふ、光栄に思いなさい。」

「は、はい・・・ありがとうございます。」

(そうは言ってるけど、本人も案外楽しそうだな・・・)

そんなことを思いつつ、超時はレミリアと共にエントランスを抜けて紅魔館の外へ出た。

どうやらここは人里から離れたところにあるらしく、紅魔館の目の前に広がる大きな湖の向こうの遥か遠方にぽつぽつと明かりのようなものが見える。

超時が振り向いて紅魔館を眺めるとそこで改めてそれの大きさを知り目を丸くした。

窓が少なく、大きな時計塔があり、内装だけでなく外壁までも真っ赤に染められ、その奇妙だが雄大な姿を月夜にさらしていた。

(僕はこんなところに飛ばされて来たのか・・・)

超時が唖然としていると、不意にレミリアが、

「ほら、何をしているの?早く着いてきなさい。」

そう急かされ、超時は再び彼女を追った。彼女についていきつつ超時は、

(こうやって見ていると普通に可愛い女の子なのになぁ・・・)

そんなことを思っているとレミリアはふと足を止めた。

危うくぶつかりそうになった超時なぞ気にせずに小さい両手を挙げて大きく伸びをすると、

「う〜っん・・・最近雨続きであまり外に出れなかったから久しぶりの月夜は心地いいわ。・・・貴方もそう思わない?」

彼女はそう言って紅魔館の目下に広がる湖にその光を反射させている紅い月を見つめた。

すると超時は表情を曇らせ、

「今までいろいろなことが一気に起こって、気持ちの整理ができなかったけれど・・・・・本当にここは僕のいた世界ではないんですね・・・。」

そうしんみりとしていると、レミリアはその小さな手で彼の手を優しく握り、微笑んで、

「人間は皆運命に踊らされて生きているの。貴方がこの幻想郷の、この紅魔館に来て、今こうやって私と一緒にいることにいたっても、きっと何かの運命なのかもしれないわ。・・・そんな顔をしているとせっかくの幸せの運命が逃げるわよ?別に残念に思うことなんて無いじゃない。少なくとも私は貴方に出会えていい暇つぶしができて嬉しいわ。・・・とりあえず、その材料とやらが集まるまで当分こき使ってやるから、覚悟することね。」

すると彼女は彼の手の甲に軽くキスをしてフフッと無邪気に笑顔を見せると、手を離し、

「さぁ、行くわよ。早く付いてらっしゃい。」

そう言って再び歩き出した。超時は握られていた手の甲を見つめ、

(・・・・・運命、か。元の世界に戻る為に頑張ろうかな。)

そう決意を固めると、自分の前を行く蝙蝠の羽が生えた小さな、それでも何か大きな力を感じる背中を追っていった・・・・・・・・・・。




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