A 大図書館の主
大図書館とよばれたその室内は咲夜の言っていた通り薄暗く、
ちょっぴりかび臭いその中には見上げるほどまでの高さをもつ本棚が無数にそびえたっている。
そしてその本棚の中には所狭しと分厚い本が並べられているのが暗い中でもわずかに確認できる。
思わずぼーっと上を見上げている超時に咲夜は、
「パチュリー様はこの奥にいらっしゃいます。私は仕事が残っていますのでこれで。」
咲夜は一礼して再び扉を開けて大図書館を出て行った。
一人残された超時は、
「はぁ・・・・・」
溜息をついて前に向き直り、図書館の奥に向かって足を運ばせた。
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少年移動中・・・・・
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しばらく行くと前方の本棚の角からぼんやりと光が漏れているのが超時の視界に入った。
(あそこにいるのかな…?)
そう思いながら超時は歩みを速めた。…すると、
ドンッ
突然腰の右側に何かがぶつかったような軽い衝撃が走った。
「うわっ!?・・・っとと」
超時は一瞬怯みよろめいたが、なんとか踏ん張って倒れるのは免れた。
そしてぶつかってきたそれを見た。
「〜〜〜・・・」
超時にぶつかってきたのは小さい悪魔のような可愛らしい女の子だった。
その女の子は痛そうに頭を抱え超時を見ると、
「〜〜〜っ!!」
目を潤ませて一目散に前方の明りが漏れる本棚の角に姿を隠した。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
超時もそう叫びながらその後を追いかけて本棚の角を曲がる。
するとそこには先程ぶつかった小さな女の子ともう一人、女性の姿があった。
その女性は桃色がかった薄紫色のパジャマのようなドレスに身を包み、
先程超時がぶつかり、追いかけてきた女の子の小さな蝙蝠の羽が生えた赤くてきれいな髪に対し、
暗い紫色の髪をしていてその毛先をリボンで結んであった。
その紫色の女の子は椅子に座って本を読みながら駆け寄ってきた赤い髪の小さな女の子に向かって、
「騒がしいわよ、こあ。私の書斎で暴れない…え?人間が来たですって?あの子じゃないの?」
そう言って読んでいた本を閉じて「けほん」と咳込み、後ろを向くとそこに立っていた超時に気付き、
「あら、もう来てるじゃない…魔理紗以外の人間の来訪者だなんて。・・・こあ、私と彼にお茶を。」
そう言われるとこあと呼ばれた女の子は初め少し怯えていたが、彼女の指示を聞くと本棚の間をふわふわと飛んで行った。
彼女はその後ろ姿を見送った後、超時のほうを向き直り、
「さて、貴方には色々と聞きたいことがあるわ。貴方も私に聞きたいことが山ほどあるんじゃないかしら?」
「た、確かに・・・」
そう超時が呟くと、彼女は、
「まぁ立ち話もなんでしょうからかけたら?」
そう言って指を軽くふると、不思議なことに今まで山積みに置いてあった本が自動的に宙に浮き、
超時を避けながら本棚の開いているところへ入って行った。
そして山積みになっていたところには大きめのテーブルが姿を現していた。
どうやら本で埋もれていたらしい。
終始本たちの動きを興味深そうに眺めていた超時に彼女は手で座るよう促し、超時はそれに応じて手前の椅子に腰掛けた。
彼女が超時と向かいあうように座るとほぼ同時に先程のこあと呼ばれた女の子が二つのティーカップとポットを持ってきた。
「紅茶でよかったかしら?」
そう彼女は言って紅茶の注がれたティーカップを超時に渡した。
「は、はい、おかまいなく・・・。」
すると彼女は紅茶を飲む前に、超時に話しかけた。
「先に紹介しておくわ、この子は小悪魔。私の助手的存在よ。この図書館の司書を任せているわ。さっきはこの子がいきなり貴方にぶつかってしまってごめんなさいね。」
そう言って彼女は小悪魔のほうを見る。
「・・・♪」
小悪魔は照れくさそうに超時にぺこりとお辞儀し、微笑んだ。
超時もつられてお辞儀を返す。
「そして、ここの図書室全体の管理をしている私、パチュリー・ノーレッジよ。・・・貴方は?」
超時は咲夜のときと同じような自己紹介をして紅茶に手を出した。
とてもいい香りのする紅茶だった。
パチュリーも超時を見てティーカップに手を伸ばし一口飲んで
「ん、いい香り。今日もありがとうね、こあ。」
「・・・////」
そう言われると子悪魔は照れてパチュリーに一礼し、嬉しそうな顔をして飛び去った。
「あぁ、あの子は照れ屋だから気にしないで頂戴。・・・とりあえず、貴方がここに来た理由から話してもらいましょうか。」
「あ、はい。少し長くなるんですけど・・・。」
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(少年説明中・・・)
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「・・・なるほどね、レミィにも困ったものね。自分で面倒なことはすぐ私に押し付けるんですもの。・・・・まぁいいわ。」
超時の説明を聞いたパチュリーはぶつぶつと独り言を言った後、
「とりあえず、貴方の身体を少し調べる必要があるみたいだからそこに立って頂戴。」
超時は言われるようにして椅子から立ち上がり、パチュリーの近くまでいった。
すると、彼女は
「少し我慢してなさいね。」
そういうと彼女も立ち上がり手のひらをかざす。
すると彼女の手のひらに光が集束し、ピンポン玉位の大きさの黄色い光球が出現し、それを超時の胸元に押し付けた。
するとそれは超時の胸元に吸収されると一枚の羊皮紙となって再び彼の胸元から現れた。
摩訶不思議の出来事に驚いている超時を尻目に彼女はそれに目を通すと一瞬眉を潜ませ、超時の顔をまじまじと見た。
すると、一息ついて再び椅子に腰掛ける。
「あ、もういいわよ。かけて。」
超時もまた同じ椅子に座る。するとパチュリーが
「今貴方に施したのは貴方の身体を探るちょっとした魔法よ。精神体だけなのにどうして肉体を持っているのか不思議だったけれど、これで納得がいったわ。」
「・・・つまり、それは・・・?」
「貴方の精神体の構造は事故にあった衝撃とこの幻想郷に来るまでにひどく複雑になっているわ。その反動というか副作用というか、なにかしらの条件が重なってこうやって肉体を保っているわけね。しかもこんなに安定しているし・・・存在しているのも奇跡だわ。」
そう言ってふぅ、と一息おくと、
「そういえば・・・。こあ、ちょっと。」
彼女は何か思い出したように呟き小悪魔を呼んだ。
しばらくして落ち着きを取り戻した小悪魔がふわふわと戻ってきて、パチュリーは小声で彼女に何かを指示した。
すると子悪魔は頷いて再びどこかへ飛んでいった。
超時は小悪魔がまたどこに飛んでいったのか疑問に思っていると、パチュリーが、
「今、こあに精神構造体について書かれている本を取りに行かせたわ。それで何か解ればいいんだけど・・・・・。」
そう言って黙って何か考えているようだった。
数分後、数冊の本を両手に抱えて小悪魔が帰ってきた。
パチュリーは小悪魔の持ってきた本を受け取り、ありがとうとお礼を言うと早速椅子に座ってその本を黙々と読み始めた。
彼女はぱらぱらとページをめくっては読み、めくっては読みを繰り返し、何やら独り言をぶつぶつと呟いていた。
超時はどうしたら良いか小悪魔のほうを向くと、小悪魔は肩をすくめてみせた。
どうやらこの人はこうなると手がつけられないらしい。
そう感じた超時は紅茶をすすりながら、ただ黙ってパチュリーが本を読み終えるのを待った。
彼女は時折近くにあった羊皮紙になにやらメモしつつ読んでいた。
数分たって彼女はその本を読み終えると、メモした内容をさらに新しい羊皮紙にまとめ、超時に向き直り、
「貴方の精神構造体を元の正常な形に戻すために一種の魔法薬を作るわ。それを飲めば貴方の精神構造が整えられ、再び時空を超えることができると思うの。つまり、元に世界に戻れるってことね。」
「それは本当ですか!?」
超時は顔を輝かせながら言った。しかし、パチュリーは表情を曇らせ、
「えぇ、理論的には間違いないわ。ただ・・・」
「ただ?」
「その魔法薬を作る材料がね・・・1日、2日で集めるのは到底不可能なのよ。大変だろうけど帰りたければ努力することね。」
「あ、僕が集めるんですか?」
「当然よ。私、あまり外は好まないの。それに自分で言うのもなんだけど・・・最近持病の喘息が悪化してね、とてもじゃないけど外出はできないわ。私にできる事はここで貴方の集めた材料で魔法薬を作る事ぐらいね。私はもう少しその魔法薬のことを調べておくから、貴方はこのメモに書いてある材料を持ってきて頂戴。」
そう言うと、パチュリーは先程の羊皮紙を渡した。そこには、
・巫女の涙 ・魔法の森の茸 ・妖怪の山の神木
・向日蘭 ・蓬莱の玉の枝 ・迷い竹林の筍
・冥界の桜の花 ・三途の彼岸花 ・天界の桃
・核の石の粉末 ・光の船の聖水 ・虎と鼠の毛
・吸血鬼の血液
「・・・これが材料、ですか?」
超時は目を疑った。
「茸や筍は場所はともかくどんなものかはわかりますけど、核の石の粉末とか蓬莱の玉の枝とかって一体・・・・・?」
困惑する超時に対しパチュリーは、
「まぁ貴方の世界じゃ見慣れないものでしょうね。これらの材料はすべてこの世界にあるものよ。探せばきっと見つかるわ。」
「それは、まぁ、そうなんですけど・・・これだけの材料、一体どうやって集めれば・・・」
落ち込む超時を見るとパチュリーは少し考え、
「そうねぇ・・・貴方が始めてこの幻想郷にきた場所がこの紅魔館だし、ここを拠点にして集めればいいんじゃないかしら。」
パチュリーがそう提案すると超時はうなだれて、
「でも、ここにはあの・・・吸血鬼が、」
「あぁ、レミィのことね。彼女と私は昔からの親友でね、私が説得すればうなずいてくれると思うわ。」
そう言うとパチュリーは微笑んで手紙と羽根ペンを取り出し、さらさらと手紙を書き出した。
超時は受け取ったメモをポケットにしまいながら手紙を書いているパチュリーを見て、
「あの、何から何まですみません。」
そういうとパチュリーはペンを走らせながら顔をほころばせ、
「あら、何を謝る必要があるのかしら?私はただ当然のことをしたと思っているわ。それに、こんなのもう慣れたものよ。理由は違えどこの幻想郷に来た外界の人間は貴方の他にも居たんだから。・・・まぁ咲夜のクローゼットから出てきた人間は貴方だけだろうけど。」
パチュリーはくすりと笑って手紙を書き終え、ペンを置いた。書いた手紙を折りたたみ、封筒に入れると超時に手渡した。
「これをレミィに渡して頂戴。貴方の抱える問題を解決するためにここの執事にしてやれって書いてあるわ。ただの居候ほど要らないものは無いもの、ここで執事として働きつつ材料集めをすることね。そうすれば最低限の生活は確保され、材料集めも進めることができるわ。」
「あ、あの、ありがとうございます。」
超時は深々と頭を下げお礼を言うとパチュリーは再びくすりと笑って、
「だから私はただ当然のことをしたまでよ。困ったときはお互い様、と貴方の世界でも習わなかったかしら?・・・またいつでもいらっしゃい。紅茶ぐらいしか出せないけれど。」
そう言うパチュリーに小悪魔がうなずいて微笑んだ。
どうやら彼に対する恐怖心は完全に消えたらしい。
「本当にありがとうございました!あ、紅茶ご馳走様でした。失礼します。」
超時はもう一度お礼を言うと向きを変え図書館の出口へと向かった。
超時が図書室を出て行くとパチュリーは小悪魔に向かって、
「さて、これから少し忙しくなりそうね。こあ、よろしく頼むわよ。」
「・・・♪」
そう言われると小悪魔は頷き、空いた紅茶のカップを片付け始めた。