第一章 新しい場所、出会い      

 @新生活の始まり

「ここが河野市かぁ・・・。俺の地元とそう変わり映えしないな。」

春の陽気がぽかぽかと降り注ぐ河野市の午後、駅の改札口から出てきた一人の高校生がそう呟いた。

彼の名は如月 光。この春この河野市にある高等学校【星殿学園(せいでんがくえん)】に入学を決めた高校一年生だ。

光が到着したこの河野市は都心から少し離れ、周りを山々に囲まれた盆地に存在し、街の中央を一本の大きな河が東西に流れている。

その河の名は【日向河(ひゅうががわ)】。

この街のシンボルでもあり、休日にはその河の河川敷にあるグラウンドで子供達が野球やサッカーに汗を流す。

更に土手の脇に設置されている歩行者用の道ではランニング、ウォーキングを楽しむ老若男女が行きかう。

そんな穏やかな雰囲気のこの街はその昔、日本を代表とする観光都市で名を馳せ、街の至る所に旅館やホテルなどの宿泊施設が建設、運営されていた。

周囲の山々では冬にはウィンタースポーツ、夏には山登りやパワースポット巡りなどを目当てに数多くの観光客が詰め掛けていた。

・・・しかし、今となっては現代の不況の波の影響を受け、周りを山に囲まれている事が仇となり、交通費の面からこの街に来る観光客も激減。

この街の観光業、宿泊関係の会社はみな相次いで倒産、廃業となり、数多くの宿泊施設が取り壊されずに残されていった。

そんな問題を打開したのは市が自ら提案した「下宿制度」である。

それはこの街特有の制度で、取り壊されずに残った宿泊施設のほとんどを学生の寮やアパートなどの集合住宅に改装し、

この街の教育施設、あるいはそれに準ずる場所に通う生徒全ては市が用意したその集合住宅で学生生活を送ることを義務付ける、というものであった。

もちろん、その集合住宅の利用には学生に限らず、一般の家庭もそれを住居として暮らしてはいるが、年を追うごとに学生の率が高くなっている。

いまやこの河野市は「観光都市」から「学園都市」へと姿を変えつつあるのであった。

・・・そしてこの物語の主人公でもある如月 光の通う星殿学園は―――いや、このことについてはまた後日説明するとしよう。

彼の目の前に一台の乗用車が停まった。

その車のウインドウから顔をのぞかせたのは一人の女性だった。

その女性は非常に整った顔立ちで、海のような青い髪をポニーテールで結んでいて、キラキラとした満面の笑顔を光に振りまきながら、

「ごめんごめん、少し遅くなっちゃった。君が如月 光君、だね?」

その女性の元気な問いかけに光は答える。

「そうだけど、そう言うあんたは・・・母さんの言っていた友達の?」

「番匠谷よ。番匠谷 茜(ばんしょうや あかね)。呼ぶときは茜で良いよ。・・・ま、とりあえずは乗りなさいな。」

茜は光に助手席に座るように促す。光はそれに応じ助手席に乗り込むと同時に茜が光に話しかけた。

「さてとっと、んじゃぁ改めて挨拶しとくね。私はこれから君が一人暮らしをする蘭荘(あららぎそう)の副大家の番匠谷 茜。ようこそ河野市へ、そして蘭荘へ。」

彼女の言う【蘭荘(あららぎそう)】とは、光がこれからこの河野市で一人暮らしをするにあたって、彼がこれからお世話になる下宿先のアパートのことだ。

そして彼女【番匠谷 あかね(ばんしょうや あかね)】はその蘭荘の副大家という訳である。

茜は車を発進させて、運転をしながら再び光に話しかけた。

「・・・それにしても連絡を聞いたときには驚いたよ〜。入学式のたった四日前・・・もう半分終わっちゃってるけど、こんなギリギリに来るなんて・・・何か向こうでトラブった?」

その質問に光は溜息をつき、苦笑して答える。

「・・・まぁ、母さんが俺の乗るはずだった一週間前到着予定の新幹線のチケットを何を思ったかうっかりトイレに流しちゃって。
 慌てて取り直したチケットが今日の午後到着だったんです。まったく、母さんのド天然っぷりときたら・・・。」

光がそう愚痴を零すのを聞いて茜は楽しそうに笑いながら、

「あはは、楓らしいや。・・・まぁでも、なんとか間に合ってよかったじゃない。楓もその様子を聞くと元気そうで良かったよ。」

そう言ってハンドルをきり、土手の上の道で車を走らせる。ふと光が対岸を見ると、河向こうの街が河に降り注ぐ太陽の光で反射し眩しく輝いていた。

(やけに眩しいな…あ、この河の名前の『日向川』ってのはもしかして日中ずっと太陽が当たっているからなのか?)

光がそんなことを考えていると茜が、

「どう?気に入った?向こうに見えるのは河野市の南区でこっちが北区。南区には大学や市役所なんかがあっちにあるわ。
 北区には主に昔の名残でアパートとか寮なんかがこっちには多いの。こっちの山に観光名所が多かったからね。
  ・・・まぁそれも今となっちゃ君らのような学生の下宿先となって、昔とは違う活気が生まれつつあるけど。」

しみじみと語る茜に対し、光は対岸の景色を見流しつつ茜に問いかけた。

「・・・蘭荘って遠いんすか?」

「いんや、この土手を下りたらすぐのところにあるわ。・・・なーんて言ってる間に、ほれ。」

茜はそう言って車を土手の車線から下の道へ移動させ、すぐに一つのアパートの駐車場に駐車した。

「ほい、到着よ。」

そう言って茜はエンジンを切り車を降りた。光も続けて車を降り、到着したアパートを見上げた。

午後のさわやかな風が通り過ぎ、青く澄んだ空と対照的な白いアパート【蘭荘(あららぎそう)】は、

外見からするにいたって普通のアパートで、学生が一人暮らしをするには充分すぎるくらいの佇まいであった。

「ここが、蘭荘・・・。」
(意外としっかりしてそうだな・・・。)

そう呟いた光に対し茜は、

「む、何か君失礼なことを考えなかったかい?ここが私と私のおじいちゃんが経営している『蘭荘』。
 風呂なし家電つきで家賃は二ヶ月に一回徴収するから覚えておいてね。
 午前中のうちに引越しの業者が来て、貴方の部屋の前に荷物は置いていったから確認しておいてちょうだいな。
 ・・・ま、詳しい話は夜にでもゆっくりと話しましょ。んで、光君のこの後の予定は?」

「んー・・・まだ特に決めてないですけど、荷物が届いたんならまずはその整理ですかね。」

「そっかそっか。んじゃ、午後五時くらいになったらそこの中庭に来てちょうだい。今夜は貴方の歓迎会を開く予定だから。」

茜がアパートと大きな屋敷の間にある中庭を指差して言うと光は首をかしげ問いかける。

「歓迎会?なんでまた?」

「ここに新しい入居者が来たらここの住人全員で必ず行うことになっているのよ。・・・もっとも、主催者は私のおじいちゃん、大家さんの意見なんだから仕方ないわよね。」

「へぇ・・・」
(いまどき珍しいな・・・住人全員出席の集会って)

「ここの住人ってどれくらいなんですか?」

「・・・いやぁ、お恥ずかしい話ながら、まだそれほど多くないのよ。貴方が来て確か・・・丁度10人目かしら?
 まだ空き室も目立つし、やっぱりお風呂がついていないと不便だものね・・・。あ、でもでも、ここに住む人たちはすごいのよ!」

「すごい?」

「ふっふ〜ん、まぁそれはこの後の歓迎会にでも説明しましょうかね〜。」

(もったいぶって・・・一体なんだっていうんだ?)

「・・・とりあえず、一旦ここでお別れね。それじゃ、またその時に。」

そう言って茜は手を振って屋敷の方へ歩いていってしまった。光は彼女の背を見送り再び自分の新たな生活の場所を見つめる。

(見た目より随分と子供っぽいところがあるよな茜さんは・・・)
「っま。とりあえずは荷物の整理だよな。俺の部屋番は・・・確か204だったな」

光はそう呟き歩き出す。

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