A 宴の準備


「これが最後の箱か・・・よっ、と」

光は自分の部屋の入り口から持ってきた最後の段ボール箱を畳の部屋に降ろして呟いた。

「ん?ありゃあ一体・・・?」

光がふとベランダから中庭に目を落とすとそこには人影が見え、長いテーブルを並べていた。

その中には茜の姿も見え、光は歓迎会の準備だと悟った。

「あ、もうそんな時間か…。さっさとこの箱を片付けて下に向かうとするか…」

光はそれから急いで部屋に戻りダンボール箱の中身(主に衣類であった)を手早く整理して、中庭へ向かった。



「お、来た来た♪」

光が中庭に行くと真っ先に気付いたのは茜だった。

「ども。」

「茜、その子が如月 光君か。送られてきた写真よりも随分と若そうじゃな。」

光が茜に軽く挨拶をすると茜の近くにあるベンチに腰掛けているいかにも頑固そうな表情をした白髪交じりの男性が茜に問いかけた。

「うん。この子が今日の主役、この蘭荘の新たな住人となる如月光君だよ。」

茜がそう答えるとその男性はしげしげと光を見つめた。

(このおっさんは一体・・・?茜さんと随分と親しげのようだけど・・・)

その疑問が顔に出ていたのか茜がそれを察し彼の説明をする。

「光君は直接会うのは初めてだっけ?この人は番匠谷 陸(ばんしょうや りく)おじいちゃん。この蘭荘の大家さんだよ。それで、私と二人であのお屋敷に住んでるの。」

「大家さん!?えっと・・・初めまして、如月です。」

「・・・まぁ、そんなに固くなさらんな。ここでは肩の力を抜いて気楽に、な?ここを第二の故郷だと思ってくれて構わんよ。」

「は、はぁ・・・よろしくお願いします。」
(あれ、意外と温厚な人っぽいな・・・)

光が拍子抜けしていると、三人の背後から今度は野太い声が聞こえた。

「おーい、番匠谷の嬢ちゃん!物置から人数分の椅子もってきたぞ・・・って、ぬぁ?」

声の正体は小太りで体格の良い男性であった。その男性は光に気づき、じっと彼を見つめた。

「もう、大曲さん。その呼び方はやめてって何度言ったら直してくれるんですか?・・・んと、彼が今日来た如月君ですよ。」

茜がその男性に光を紹介するとその男性は明るい表情を見せて、

「おぉ、おぉ!そうかこいつが今回の主賓ってわけか。なんだ見た目からして弱っちそうだなぁ。」

がっはっはと笑うその男性からはキツいアルコールの臭いがしたのに光は気付いた。

(このおっさん、もしかしてずっと飲んでいたのか?)
「・・・ども、如月です。」

顔をしかめながらも光はその男性に向かって短く挨拶をした。

「・・・とにかく、この荘に来たからにゃぁこの俺がみっちりしごいてやるからよ。覚悟しとけよなぁ!」

大声でそう言うとその男性はずんずんと椅子を持って長いテーブルに合わせるように椅子を並べ始めた。

「あの人は大曲 仁(おおまがり じん)さん。根は良い人なんだけど・・・」

茜がそっと光に耳打ちをしてその男性を紹介した。

(しっかし、あのおっさん・・・あんだけの椅子をいとも軽々と持ち運んでいる・・・すんげえ力持ちなんだな。)

そんな事を思いつつその男性が椅子を並べている様を見ていると、不意に後ろから声をかけられた。

「やぁ、君が茜さんの言っていた光君だね?」

その声の主もまた男性であった。光が振り返るとそこには背の高い青年と、エプロン姿の女性の二人が大きなバーベキューセットを持って立っていた。

「・・・お二人もここの住人で?」

「うん。僕は十文字 達(じゅうもんじ たつ)。そして此方が本田 瞳(ほんだ ひとみ)さん。お察しの通り、ここの住人さ。」

十文字が簡単な自己紹介をすると茜が、

「二人ともお疲れ様。そのバーベキューセットは中庭のそこに置いて、火の準備をしましょ♪」

そう言って茜が指示すると十文字と本田はそれに応じ運び始める。その途中、光は本田と目が合い、

「あ、ども。」

軽く挨拶をすると本田はニコリと微笑み、会釈をして二人のところへ向かって行った。

「さて、そろそろ席に着こうかの。光君は儂の隣に座りなさいな。」

今までベンチに腰掛けていた陸が腰を上げ光にそう言った。

光はそのまま陸について席に着き、十文字が火を熾している様を見ながら陸と何気ない世間話をして暫しの時を過ごした。



日も傾き始め、あたりがうす暗くなると大曲がビールの缶を片手に照明をつけてくれた。

陸の話によるとこの中庭は蘭荘と番匠谷邸で挟まれていてあまり外からは見えないらしい。

すなわち、よほどのことをしない限り近所迷惑にはならない、ということである。

(最近そういう近所迷惑な奴が多くなってきているらしいからな。・・・騒音を出す奴とか、ゴミ屋敷に住んでいる奴とか)

光が陸の話を聞いてそんなことを思っていた矢先、


   ドルルンドルンドルン!!


けたたましい音と共に一台の大型バイク(しかもサイドカー付き)が駐車場に侵入してきた。

(噂をすればなんとやらだぜ・・・)
「番匠谷さん・・・」

光が言いかけると陸がそれを遮る。

「いいんじゃよ。彼女たちもまたここの住人で、ご近所には彼女らの存在はよく知られておる。」

ケラケラと笑う陸に対し光は不審な表情を浮かべる。

(彼女・・・?ということはあれに乗っているのは女性なのか?)

すると、凄まじい音を出していたバイクのエンジンが止み、そこから二人の人影が現れ此方に近付いてきた。

陸の言った通りバイクに乗っていたのは女性だったらしく、鮮やかな赤いショートヘアーで、ライダースーツに身を包み、

片手にはビニール袋、もう片方の手には彼女の子供だろうか中学生くらいの小さな女の子と手を握って現れた。

「おい、茜。食材買ってきたぞ・・・ったく、いつものスーパーが臨時休業でわざわざ南区まで行って仕入れてきたんだ。ちょっとくらいオレ達の家賃負けてくれてもいいだろ?」

「いやいや、それとこれとは別ですよー?それよりもほら、早く着替えてきてくださいな。もうすぐ始まりますよ。」

「・・・わーってるよ。・・・しかしまだ、千石の爺さんと本田の親父がいねぇみたいだが?」

赤い髪の女性はそう言ってビニール袋を茜に手渡しつつ言う。

「千石さんは先に風呂に入るって言って銭湯に。本田さんもじきに来ますって。・・・ほら、噂をすれば。」

茜はそう言うと駐車場の方を見る。すると今度は一台の車が駐車場に止まりそこから一人の男性が現れた。

小走りで近づいてくるその男性は、焦った表情を浮かべ申し訳なさそうに言った。

「いやー失礼失礼。学校の会議が思ったよりも長引いてしまってね。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。・・・あとは千石さんだけですねぇ。」

「・・・とりあえず、オレと綾は一旦部屋に戻って着替えてくるわ。」

そう言って赤い髪の女性は階段を上がっていった。

「了解です。・・・うーん、千石さん長風呂ですからねぇ。」

茜が困った表情を浮かべていると、

「・・・誰か、私を呼んだかね?」

一人の男性が裏口から現れた。風呂上がりだと思われるその男性を見て茜は、

「あ、千石さん。貴方のこと待っていたんですよ?」

「おぉ、それは申し訳ないことをした。・・・私が最後かな?」

「いんや、中迎の親子が部屋で着替え中だ。」

大曲が口を挟む。そんな中、光はここにいる人数を目で追って数えた。

(番匠谷さんの二人を入れて丁度10人か・・・ってことはこの人たち全員、蘭荘の住人か・・・)



しばらくして赤い髪の女性が私服に着替えて戻ってくるころには、既に日が完全に沈んでしまっていた。

「・・・全員、揃ったようじゃの。」

蘭荘の大家、番匠谷 陸がこの場にいる全員に座るよう促す。

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