(うわ、ほんとに降ってきた・・・諏訪子様の言うとおりになったな。傘を持ってこなかったから早く帰らなくちゃ・・・そういえばさっきのペンダント・・・)

次第に雨足が強くなる中、超時は先程のペンダントについて考えていた。

(さっきのペンダントから聞こえた声はたしかにお嬢様のものだったよね・・・なんだろう、この変な胸騒ぎは。なんだか気持ち悪いなぁ・・・)

そんな妙な胸騒ぎを抱えつつ超時はまっすぐに紅魔館へと戻って行った。





少年執事移動中。。。





超時が館に着く頃には雨が本降りになり、絶える事無く空から雨が降ってきていた。

玄関の外で軽く水気を取り、中のエントランスへ入ると館内は異様なまでに騒がしかった。

超時が不思議に思っていると奥の階段から咲夜が足取りも重く現れた。

咲夜は超時に気付くと、超時に近づき取り乱した様子で、

「お帰りなさい超時。帰ってきてすぐで申し訳ないけれど、お嬢様を見かけなかったかしら・・・?」

常に凛とした声をしている咲夜であったが今の彼女にはその面影も無かった。

顔を見れば今にも泣き崩れそうな表情をしており、超時は面食らいながらも、

「た、ただいま帰りました咲夜さん。ご覧の通り僕も今しがたここへ帰ってきたもので、まだお嬢様にはお会いしていません・・・。何かあったのですか?この喧騒は一体・・・?」

初めて見る咲夜のその表情に動揺を隠し切れない超時がそう問いかけると咲夜は暗い表情でゆっくりと話し出した。

「・・・実は、戌の刻を過ぎた頃だったかしら、突然お嬢様の部屋からガラスの割れる音が聞こえたの。私が慌てて向かったのだけれど、お嬢様の部屋はもぬけの殻だったわ。音の正体は窓ガラスで、その窓ガラスは内側から破られたらしく、部屋にはほとんどガラスの破片が落ちていなかったわ。」

(戌の刻・・・僕が神奈子さんたちと話していたときだ・・・。やっぱりお嬢様は僕たちの会話を聞いていたんだ・・・とすると)

「それじゃあその窓ガラスはお嬢様が?」

超時が咲夜に問いかけると咲夜はそれに首をゆっくり縦に振り、

「えぇ、お嬢様が自ら外に飛び出したとしか考えられないわ。仮にお嬢様が今外出されているのだとしたら・・・お嬢様は・・・・お嬢様は・・・っ!」

とうとう堪えきれなくなった咲夜は、声を震わせポロポロと涙を落とす。それを見て超時はどうしたらよいか分からず、

「と、とりあえず落ち着いてください咲夜さん。雨とお嬢様に一体何の関係が・・・?」

超時が泣き崩れそうになる咲夜を見てあたふたしていると不意に聞き覚えのある声が聞こえた。

「この様子を初めて見た人がいるとすれば、貴方がメイド長を泣かせた絵になるわね。」

その声の方に超時は顔を向けるとそこにはパチュリーが右手に本を持って立っていた。おそらく地下の図書館からの帰りだろう。

「こんな時に冗談はやめてくださいよパチュリー様。僕には何がなんだか・・・。」

「吸血鬼というのは意外と弱点が多いのよ。日光のほかにも、炒った豆とか。まぁ、吸血鬼も鬼の一種だものね。・・・それから、流水。丁度今外で降っている雨のような、流れる水よ。」

(そういえば霊夢さんのところに初めて行ったときにお嬢様がそんな事を言っていたような・・・)

「・・・って、それはかなりまずいんじゃ・・・」

超時もようやく事の重大さに気付き、その表情が強張る。

「えぇ、かなりまずい状況ね・・・。もしそれが体に触れでもしたら気化してしまうから。」

すらっと言うパチュリーの顔にも焦りの表情が見え始めていた。

「す、すぐに外を探してきますっ!」

言うが早いか超時は踵を返し扉に手をかける。するとパチュリーが、

「待ちなさい超時!そこにある傘を持っていきなさい。それと、そのナップサックは置いていきなさい。私が預かるわ。神木が手に入ったのでしょう?」

「はい。えと、それじゃこれお願いします。」

そう言ってナップサックをパチュリーに渡す。そのナップサックに入っているずっしりとした神木の重さに手をプルプルさせながらパチュリーは、

「い、意外と重いのね・・・。とと、とりあえずこれは預かっておくわ。咲夜のことは私に任せて頂戴。」

見れば咲夜はすでに号泣しており、今まで堪えてきた分その反動が大粒の涙となって彼女の顔を濡らしていた。

「分かりました。よろしくお願いします。」

そうパチュリーに言って超時は再び扉に手をかけると今度は咲夜が弱々しい声で呼び止めた。

「超時・・・。これを持っていって頂戴。」

咲夜が差し出したのはレミリアの服の胸元についていたブローチであった。

「お嬢様の部屋に行ったときこれが床に落ちていたの。必ず、お嬢様を――っ!?」

超時は咲夜が最後まで言い終わる前に彼女に抱き付いていた。咲夜は驚きで腫れた目を見開き、

「ちょ、ちょっと・・・超時?」

「大丈夫です。お嬢様は僕が必ず探して来ますから。だからもう泣かないで下さい咲夜さん。貴方らしくないですよ?」

そう言って超時は体を離した。その後超時はブローチを受け取り、咲夜の表情も見ないで扉に手をかけ雨の降るなか紅魔館を飛び出していった。

(あの子ったらなかなか大胆なところもあるじゃない・・・)

パチュリーはナップサックを床に置き、二人のやり取りを見てそんな事を考えつつ、咲夜にナップサックを運んでもらった。





(今思うとあれはとても恥ずかしい事をしてしまったんじゃないか・・・・・後で咲夜さんに謝っておこう。)

外気に晒され頭を冷やした超時はそんな事を考えながら降りしきる雨の中、傘を差しながら歩いていた。

(それにしても、勢い付いて館を飛び出したはいいものの・・・どこを探すって言うんだ・・・。)

「とりあえず、美鈴さんのところに行ってみよう、かな。」

そう呟いて超時は美鈴のいる紅魔館の門へ向かった。





「えーっと・・・美鈴さん?」

「zzz・・・」

超時が門へ着くと美鈴はいびきをかいて立ったまま眠っていた。

雨の当たらない場所の壁に寄りかかり、純粋無垢な寝顔を見て超時は、

(この人が門番でいいのかな・・・確かに、庭仕事で疲れているとはいえ少し寝すぎのような気がするな・・・)

苦笑を浮かべ、超時は美鈴を揺り起こす。

「・・・ふぇ?・・・あ、・・え?」

寝ぼけ眼の美鈴が超時の姿を捉えると、目をこすりながら、

「あれぇ、超時さんじゃないですか。こんな時にどうしたんですか?人が折角雨音を子守唄に眠っていたのに・・・」

(もう居眠りを誤魔化さないんだな・・・)

「すみません起こしてしまって。」

超時は内心そう思いつつ美鈴に館であった事を冷静に説明した。

それを聞くと美鈴は目つきが寝ぼけ眼から真剣なものに変わり、超時が説明し終わると、

「そういえば、確かに雨の降ってくる前に館のほうでガラスの割れる妙な音がしましたよ。見ればあれはまさしくお嬢様だった、かな・・・。」

「その後お嬢様はどっちへ向かわれましたか見ましたか?」

「んー・・・私も少し寝ぼけていたもので、定かじゃないのですけれど・・・確か湖を挿んだ対岸へ飛んで行ったような・・・。」

美鈴が難しい表情で暗い湖を指差しながら、

「お嬢様、もしかしてまだ戻られていないのですか・・・?」

不安そうな声で超時に尋ねる。

「そうみたいです。僕も今さっき館へ帰ってきたのですが、こうして慌てて外に探しに来たんです。とにかく向こうの方へ行ってみますね。」

そう言って超時は美鈴に背を向け飛び立とうとするとそれを美鈴が呼び止める。

「あ、あのっ・・・!」

「??」

「私も一緒にお嬢様を探しますよ。こう暗いと一人じゃ探すのは難しいですし・・・。」

確かに美鈴の言うことは正論で、月明かりが無くなるとこの幻想郷の夜はほとんど闇に包まれてしまい人気の無い場所は全く前が見えないほどである。

そんな美鈴の提案に超時は首を横に振った。

「せっかくの提案なのですが・・・ここは僕一人で行かせて下さい。これでも一応半吸血鬼ですから暗闇でも多少周りは良く見えますし、お嬢様がいなくなったのはもしかしたら僕が原因かもしれませんから。」

「え、それはどういうk・・・」

「ともかく、一刻を争うので。美鈴さんはもしお嬢様が此方へ帰ってきたときのためにここにいておいて下さい。」

美鈴の言葉をさえぎり、超時は振り向きもしないで美鈴に言って飛び立つ。彼女はただその姿を見送るだけであった。





「湖って夜になると結構不気味なんだなぁ・・・」

超時は湖面の上を飛びながら湖面を見てそう呟いた。

霧こそ出ていないものの、その湖はどこか大きな怪物の口のように暗黒に支配されており、一度落ちれば二度と上がって来れないような気さえする。

飛んでいるときは邪魔になるため、傘を閉じ脇に抱えこみ、全身に雨を直に浴びながらも超時は、

(どこかの木陰にでも居てくれれば・・・お嬢様・・・・・!)

そんな事を切に願いながら超時は対岸へ辿り着いた。

なるべく低空で飛びながらあたりを詮索する。

岸沿いに辺りを彷徨い、レミリアの姿を探すが見つからず、地面に降りて岸の少し奥に広がる雑木林へと足を踏み入れた。

すると、そこに生えている一本の木の枝に何かが引っかかっているのを発見した。

(なんだろう・・・?)

超時はその木まで近づき引っかかっているそれを見た。



それは紛れも無いレミリア・スカーレットのナイトキャップだった。



超時はびしょ濡れになったそれを見て一瞬最悪の事態を想像して顔から血の気が引いたが、それを振り払うかのように頭を振って、

「・・・この近くにきっとお嬢様がいるはずだ・・・!」

そう自分に言い聞かせ、ナイトキャップを握り締め、引き続きレミリアを探し始めた。





それから雨に濡れる林の中を歩いてレミリアを探すこと数分。

周りに生えている木より大きな木の根元にレミリアがぐったりとしてうずくまっているのを超時は見つけた。

「っ!お嬢様!!」

そう叫んで超時はレミリアに駆け寄る。

レミリアは幹にもたれかかって気を失っており、よく見れば髪がしっとりと濡れている。

(目立った傷も無いし、とにかく無事で良かった・・・)

「あれ?」

超時は首をかしげレミリアの周りを見渡す。

(どうしてここだけあまり土が濡れていないんだ・・・?)

そう疑問に思い、ふと上を見上げるとそこには大きなパラソルが広げられ、レミリアのいる所を雨から守っていたのであった。

(一体、誰があれを・・・?)

「・・・あ、そうだ。これを・・・。」

超時は不思議に思いながらも意識を失っているレミリアに自分のポケットから取り出したブローチを彼女の胸元につけた。

「これで、よしと。次は・・・・・少し湿っていますけど勘弁してくださいね・・・。」

超時は自分の上着を絞ってなるべく水分を無くした状態で彼女の体を覆い、ナイトキャップを被せた後、ひょいと抱きかかえる。

次にレミリアが雨に濡れないよう注意して傘を少し広げてゆっくりと上空へ浮上した。

(ん、やっぱりお嬢様は軽いなぁ・・・あ、)

「ついでにこれも・・・っと。」

浮上するときにレミリアを雨から守ってくれていたパラソルも回収し、たたんで自分の脇に挟んで持ち帰ることにした。

(それにしても、このパラソル・・・どこかで見たような・・・・・気のせいかな。)

脇に抱えた紫色のパラソルをみてそう思いつつも、超時は紅魔館へレミリアが雨に当たらないように注意しながらゆっくりと飛んで行くのであった・・・。





少年執事移動中。。。





「っ!?お嬢様っ!」

超時がレミリアをつれて紅魔館へ帰ってエントランスに入ったとき、真っ先に駆けつけたのは咲夜であった。

あれから更に泣いたのであろう、目の周りを真っ赤に腫らしてやってきた咲夜をみて超時は、

「湖の対岸にある林の中にぐったりとして気を失っていました・・・。えと、お嬢様は・・・大丈夫なのでしょうか・・・?」

「え、えぇ。このご様子だとなんとも無いみたいね。・・・その傘は?」

咲夜は超時の持っている紫色のパラソルをみて言った。

「あぁ、これはお嬢様の上に広げてあって、お嬢様を雨から守ってくれてたんです。」

「そう・・・あのお方が・・・・・。」

「この傘が誰のものかご存知なのですか?」

何か知っているような口調で言う咲夜に超時は問いかける。

「その色、模様からするにきっと八雲 紫と言う妖怪がやったのだと思うわ。」

「八雲 紫ってあの変な隙間からいきなり現れるあの人ですか?」

「えぇ・・・貴方、彼女を知っていたの?」

「はい。一度お嬢様とお会いした事があります。」

「そう・・・とりあえず、お嬢様は私が部屋までお連れするわ。今夜はゆっくりと休みなさい。明日からまた仕事が始まるわよ。」

咲夜がそう言うと超時は抱きかかえていたレミリアを咲夜に託した。

「それじゃ、お休みなさい。超時、今日は本当にありがとう。」

「いえ、別に・・・お休みなさい・・・。」

そう言って咲夜はレミリアを抱いて階段を上がっていった。

ふと超時がエントランスにある時計に目をやると針が子の刻に重なろうとしていた所であった。

「・・・へっくしゅん!・・・んぁ、そういえばお嬢様に上着をかけたままだったなぁ・・・。」

(早く部屋のお風呂で暖まろう・・・)

くしゃみをしてそんな事を思いつつ超時が自分の部屋に向かうと、自分の部屋のドアノブにナップサックが下げてあるのを見つけた。

どうやらパチュリーが御柱を取り出してそのまま返したのだろう、中身は御柱が取り出されたこと以外は変わり無かった。

超時はそのナップサックを持って部屋に入り、それを机に置いてすぐに風呂に湯を張り、疲れを癒した。

風呂に浸かっている最中、超時は

(やっぱり、守矢神社でのこと・・・お嬢様に聞かれていたんだなぁ。だからお嬢様は・・・・・でも、どうして?うーん、解せないなぁ・・・)

レミリアがどうしてそんな行動を起こしたのか解らぬまま超時は風呂から上がり、寝巻きに着替え、食事もとらずにそのままベッドで眠りについた・・・。

目次

    ←D御柱祭   第五章へ→




           トップ


E  雨